「失われた過去と未来の犯罪」と「記憶破断者」を足して半分に割ったようなお話でした。
構造としては「失われた過去と未来の犯罪」と同じく前半で物語の舞台装置が提示され、後半で展開されるのは「記憶破断者」のような特殊能力者の戦い。
一粒で二度美味しいともとも取れるし、各要素がちょっとあっさりしていて物足りない、とも感じられる。読後感は、読みやすいこともあってかなりあっさりしていて、短編小説のようにも思える。
だからといってつまらないわけではなく、パラレルワールドの要素はこれまでにない発想で面白いし、それを利用したバトルはSF的というより推理小説的。そこがちょっと物足りなく感じる点でもある。つまり、ひとつのトリックによってあっさりと決着がついてしまうので、もっと手に汗握る攻防を長く楽しみたいなあと思ってしまう。ただし、そういう要素全体を包括しているのは一つの家族の物語で、より大きくみれば家族愛の物語であるといえます。
それから、悪役の小物っぷりも記憶破断者と共通しているところかな。
記憶破断者の悪役は人の記憶を改変できる特殊能力がありながら、それを自分の享楽のためだけに使うゲス野郎だった。今回の悪役はさらにみみっちい存在で、極めて限定された予知能力、といった能力を、これまた金、自分の快楽のためだけに使う。
世界滅亡をたくらむ悪の組織とかそういうものではなく、ほんとにただの悪党。しかし、人としては最低で、性根の歪んだ人間のクズ。そのどうしようもないクズっぷりの描写もなかなか冴えているし、巨悪とかじゃない分、ほんとうに自分の身近にいそうな感じがしてこれはこれでいいと思います。現実にテレビや新聞で報道されるような犯罪者というか。ちなみに怪人と呼ばれます。
それからこの小説のもうひとつのポイントは、大きな災害が事件の発端になっているという点。地震とそれに伴うダムの決壊、そして引き起こされる津波のような土砂災害で一つの住宅地がほぼ全滅という状況で、ここは読んでいて2011年の東日本大震災を連想しました。
つまりこれは大きな災害に見舞われてしまった家族の再生の物語でもあるわけで、怪人との戦いなんかはあるものの本当に肝になる部分は家族なんだろうなと思いました。
というわけで、きれいにまとまっている本ではあるのですが、小林泰三ならではの描写もやっぱり出てきまして、最後の方で結構残酷な場面があります。これはあれですね、筒井康隆の名短編へのオマージュでしょうね。悲惨度では元ネタのほうがすごいと思うけど、こっちはより詳細に、ねちっこい描写になっています。
あとこの本でのパラレルワールド。これはなかなかにややこしい設定である、と思います。怪人もうひとりの予知能力者であるヒロくんが出会うと、いったい二人の間でどのような時間が流れているんだろう。頭がこんがらがってくる。
まとめ
ちょっとした感傷と、SFと、サスペンス。薄味な感じはしますが、楽しめる本でした。そういう描写はほとんどないんですが、災害乗り越えようと(日常生活を取り戻そうと)している家族の物語のように感じてしまいます。日本でも海外でも自然災害について聞かないことはないですから。