映画公開間近なのでややこしいですが、原作の「It(イット)」の感想。
この小説は相当好き。脈絡なく感想を記してみたいと思います。
追記:すみません。チュードの儀式に関する重大な勘違いがあったので訂正文を追記しました。
そして映画版を見ました!満足の出来。映画の感想はこちら。
「It(イット)」はキングの代表的な長編です。
スティーブン・キングの長編の中でもかなりの長さで(文庫で4冊)、代表作の部類に入る。映画の宣伝では「キングの最恐小説」と表現されていたが、個人的には最強小説だと思う。
キングの小説はその書き込みの濃さが常々評判になっていたけれど、実際には割とあっさりした文章のものも少なくない。ただ、「イット」前後の小説は間違いなく濃くて、その中でも一番の筆力を感じさせるのが「イット」だと思う。濃密、豊饒、圧倒的・・・
お話は巨悪vs善、という割とよくみるパターン。
物語の大筋は、悪が現われて、主人公たちが力を合わせてそれを撃退する、というもので、王道の長編のパターンに当てはまると思う。キングの「呪われた町」ストラウブの「ゴースト・ストーリー」「フローティング・ドラゴン」ディーン・クーンツの小説とか。
ストラウブの小説との類似点
個人的には、「フローティング・ドラゴン」に何となく似てるなあという気がする。「イット」ではデリーという町が舞台で、そこに周期的に訪れる何かのせいで、その町そのものが邪悪な雰囲気になっている。それから、主人公たちは少年時代に一度悪と対峙し、大人になってから再び悪に立ち向かう。このへんが全部「フローティング・ドラゴン」と一緒。こっちも、舞台となるハムステッドという町にアメリカ開拓時代から悪が棲み着いて、定期的に人の姿を借りて現われる、ということだったし、主人公たちは大人たち+少年だけど、大人たちは以前にハムステッドにいたりして、関わっていたことがある。
ピーター・ストラウブの小説の多くが、過去の因縁が現在に作用する、という要素を持っているので、そういう意味では過去と現在のつながりを描いたものはみなストラウブ的要素を含むと強弁もできるんだけど、「イット」と「フローティング・ドラゴン」は大枠で似ている気がするんだよなあ。ちなみに実際に読んだ際の印象は全然似ていなし、パクリとかそういう話ではありません。
フローティング・ドラゴンに興味を持たれたかたは、以下もお読み下さい。
ボリューム感のある大作です。
キングの「イット」が迫力を感じさせるのは、イットとの対決が子供時代、大人時代の2回もあるというだけでなく、それが全編、後編ときっちり区別されてるんじゃなくて、ほぼ同時進行ぎみに描かれる点にあるのかな。さらに後半になると細かい場面転換がしばしば入ってよりスピード感を感じさせる。
さらに、デリーに起きた細かな災厄が挿話という形でばんばん挿入される。それも結構な量。それに物語の細部がほんと、ほとんど本筋を阻害しないか心配なくらいの分量で展開されていってしまう。例えば冒頭の、お祭りで殺されたゲイの話とか。ここはイットが再び現われたことと、デリーという町の異常さが分かるくだりになっているんだけど、そういういろんな細かい箇所が全編淀みない語り口で蕩々と語られて、とにかくキングがノリにノって書いているのが感じられる。このころ、クスリと酒におぼれていたんだっけ。
創作活動とクスリとの間にはどうも関連がありそう、と思いがちだが、これはキング自身が明確に否定している。断酒、ヤク断ち後のキングがアル中時代の思い出話を書いたときの淀みない語り口を読めば、キングの文章にはクスリなんて必要ないのがよくわかる。
それはともかく、そんなこんなでどんどん本も分厚くなっていくんだけど、全編肥大化気味でありながら、頭でっかちとか、画竜点睛を欠く、ということがなく、全体がみっちり詰まった状態でバランスがとれていて、そうなると厚み自体にも迫力がある。「スタンド」のペーパーバックは1400ページ超だったけど、「It」も1100ページ。
長さや時系列入り乱れる展開は好みが分かれるかもしれないが、個人的には、大きな物語にたっぷり浸った感じがして、いかにも大作という感じで気に入っている。
青春小説でもある。
あと、この小説で好きなのは、ホラー小説ではあるけれど、青春小説でもある、という点で、印象的な主人公たちが登場する、陰影のある子供時代を描いた小説としても楽しめる。
主人公たちはみんないじめられっ子だったり、のけ者にされていた子供で、みな愛おしい。弟を亡くしたビル・デンブロウ。精気が抜けたようなまともに会話もしてくれない父親とのやりとりが痛ましい。ふとっちょのベンはいつも仲間はずれで、「孤独って何のこと?」最初からのけ者だった彼には、孤独の意味がわからない。エディーはやせっぽちの喘息持ちで、その喘息が実は思いこみによるものかも知れないのに、それに気づけない。ベヴァリーは活発なように見える女の子だけど、家では父親に虐待されている。マイクは、黒人。1950年代ではそれだけでもイジメの対象になりえたのかも。
こういう子供たちが集まって、「負け犬クラブ」を結成する。やがていじめられっこ同士という縁が、絆に変わっていく。
いじめられっ子がいるということは、当然いじめっ子もいるんだけど、こっちも結構個性的なアホや不良がいて面白い。キングだし、子供向けの本じゃないので、下品な場面や暴力的な場面も多いけれど、この不良側のアブなさもなかなかおもしろい。
イットという怪物がでてくるお話なんだけど、こうして思い起こしてみると化け物抜きでも十分面白い小説になりそうな気がする。まあ、それが「スタンド・バイ・ミー」なのかな、とは思うんだけど。
子供時代に撃退したイットが、なんでまた出てきたのか。成長した子供たちが再開するのも、その変貌ぶりが面白い。ふとっちょのベンはスリムになって、成功した建築家になっている。かれが痩せたエピソードも面白く読める。ビルは作家。エディーはリムジン配車会社を起ち上げて成功。リッチーは売れっ子コメディアン。ベヴァリーは・・・DV夫から逃れようとしている。
全員がだいたい成功していて、全員、子供がいないのは、イットの呪い?がまだ残っている証拠。この辺、超自然的なところが臆面もなくでてくるのもキングならでは。理屈とかじゃなくて、ベンには子供の頃から建築の才能があったり。
しかし、イットの再来に耐えられず、仲間の一人は再開前に自ら命を絶つ。かつての負け犬クラブ、最初から一人欠けている状況でイットに立ち向かえるのか。こういうふうに、万全な状態から少し何かがずれていく、そのずれかたがキングの小説では面白い。
チュードの儀式。
後半、少年たちが洞窟だったかでインディアンの儀式を真似て幻覚を見る、という場面がある。その儀式を通じてイットの正体を垣間見ることができ、大事な場面だったんだけど、子供たちが麻薬を吸う、という場面なので、世の良識あるおとな達の非難を浴びたであろうことは想像に難くない。
しかしそれよりも衝撃的で、かならず話題に上る箇所が、後半にあるチュードの儀式。どういう場面かはちょっと調べれば分かるけど、このシーンはテレビドラマ版でもカットされていたし、映画版にも登場しない。倫理的に難しいと思う。
追記:すみません、この場面は勘違いでした。チュードの儀式=イットと対決する際に行われるもので、問題の箇所はその後、地下道で迷った主人公たちが心をつなぎ合わせるために行うのでした。
映画版の監督のインタビューでは、もともと監督予定だったケリー・フクナガの脚本の時点でそのシーンはなかったし、物語上も映画には不必要な場面、という判断だったそう。
「It(イット)」は多彩なエピソードの底流に猥雑とも思えるパワーが満ちていると思うんだけど、死と性の話題もふんだんに出てくる。ただ、このチュードの儀式の場面はエロいものではないし、性的なものは感じられない。負け犬クラブの結束を強める儀式だな、という印象。
だからこそ、大人になってさっそく一人が脱落してしまうのにショックを覚える。
ピエロについて。
イットといえば、恐ろしいピエロというイメージが強い。
子供を襲うピエロという着想は、キングが実在の大量殺人鬼、ジョン・ウェイン・ゲイシーから得たものだそうです。ゲイシーは猟奇殺人などに興味を持っているかたはご存じのはず。ピエロの扮装でイベントなんかで子供たちの人気者のお兄さんでありながら、何十人もの少年を殺害していた殺人鬼です。
たしかに原作でもピエロの格好で子供を襲う場面はある。ただし、それはあくまでも一部であって、変幻自在にいろいろな姿で子供たちの前に現われる化け物で、原作を読んだあと蜘蛛に近いイメージで、とくにピエロの印象は強くありません。実際、昔のペーパーバック版の表紙はこんなです。
Itに強烈なピエロのイメージが定着したのは、やっぱりテレビ版のティム・カリーのおかげでしょうね。賛否両論ありますが、少なくともティム・カリー演じるピエロの恐ろしさはだれもが認めるところだと思います。
映画データベースサイトで映画版のトリビア、小ネタがでてたので、それを下で紹介してます。けっこう面白かったので、よかったらみてみてください。