小林泰三「わざわざゾンビを殺す人間なんていない。」の感想。

2017/09/23追記:

わたしは大変な思い違いをしていました。先に書いたこの小説の感想で、ちょっと否定的な雰囲気の出る感想になってしまっていました。ファン以外なら文庫化までまってもいい、と。

撤回します。

小林泰三の「わざわざゾンビを殺す人間なんていない。」を今すぐに買って読むべきです。わたしも金があればあと3冊買うところですが、ビールの他にワインも飲んでいたらお金がなくなってしまいました。

小林泰三の最高傑作だとは思いません。しかし、文庫化までまっていたら、結局文庫化しないまま終わってしまうということに思いが至りませんでした。

ベストセラーや古典なんかを読んでいると、ついつい本とは、そのうち文庫化されて安く手に入るもんだと思いがちですが、実際はそうではない。

現状では、本との出会いは一期一会です。内容はよくても、第一版で終わり、全国の書店から消え去ってしまう本がたくさんあります。文字通り手に入らなくなる。とくに、マイナーな分野の本ではそういうことが多い。

小林泰三の本がマイナーかどうか、わたしには判断できません。しかし出版界の現状を考えると、安閑と文庫化をまっていればいいなどとはいっていられないはずだったのです。

まして、調べたところ一迅社という出版社は、これが初の文芸書だということ。その栄光ある第1冊目ともなれば、なおさら気合いを入れてセールスしなければならないのに、そこに文庫まで待てばいいなどと冷や水を浴びせるような暴言を吐いてしまったことを深く反省しています。

実際、「わざわざゾンビを殺す人間なんていない。」は出来も良く面白いし、数多ある下らない小説と比べるのが失礼な素晴らしい出来です。

なにしろ日本を舞台にした比較的まともなゾンビ作品は、最近の記憶で言えば「アイアムアヒーロー」くらいしかないのです。あれも結局、腰砕けで終わってしまいました。そこに登場した「わざわざゾンビを殺す人間なんていない。」は、日本でゾンビが発生したらどういう状況になるか、を独特な視点を交えて深く真摯に追求した作品で、ひょっとすると日本ゾンビ界の泰斗となりうる逸材かもしれないのです。

つまり、この小説だけではなく、そこから派生する続編や同じ世界観を使った作品が豊かに発展する可能性がある。

そして、それが可能になるかどうかは、ひとえにこの小説の売れ行きにかかっている、といっても過言ではありません。

そうした可能性まで考慮せずに、文庫までまってもいいなどといった自分のふがいなさが情けない。

そういうわけで、ミステリとしてはまあまあの出来で、むしろ日本におけるゾンビのあり方に独自の魅力的な視点を持ち込み、ゾンビイーターというおぞましい存在を産み出したこの小説は、芥川賞を読む暇があったら併せて読んでもいいと思う。

先に書いた文庫待ちは、あらゆる単行本は文庫になるという誤った思いこみからきたものです。そして、文庫にならない可能性がある以上、単行本を買わなければなりません。いずれ文庫化されたら、そのときは単行本を買ったかいがあったとよろこびましょう。

以上、追記でした。

小林泰三の「わざわざゾンビを殺す人間なんていない。」という妙なタイトルの小説があったので、買ってきて読んだ。その感想を書きます。

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ゾンビ物と本格推理をミックスした小説。

本格推理といるジャンルは基本的にリアリティが欠如していると思う。密室とかあまりに込み入った犯罪計画が登場すると、それだけでシュールな感じがして到底まともなお話とは思えない。(だからつまらないとか下らないとかいっている訳ではない)

そこにゾンビという要素が加わってもまったく違和感はない。ゾンビという設定はすでに人口に膾炙しているし、どんなジャンルにも違和感なくマッチしうる優秀な発明だ。

物語は、ある民間医療研究会社の研究結果発表パーティーの会場から始まる。重要な研究発表をするはずの研究員葦土が出番になっても登場しない。主催者兼会場の持ち主である会社役員の有狩が訝しんでいると、悲鳴が聞え、出席者たちが悲鳴の発生源である鍵のかかった部屋をこじ開けると、そこにはゾンビと化した葦土の姿があった。

これは密室殺人である、ということで、自称探偵である主人公、八つ頭瑠璃が登場し、有狩の依頼をうけて事件を調査する、という筋書き。

ま、本文のほとんどは会話で、会話も相手の言葉尻をとらえるような同じ調子の物が多く、軽い感じです。これがいわゆるライトノベルなのか?

ゾンビ映画の楽しみには、ゾンビに発生に至る状況を楽しむものと、すでにゾンビ蔓延後の世界でのサバイバルぶりを楽しむものがおもにあると思う。

この小説の場合は、ゾンビ化するウィルスはすでに全人類がほぼ保菌していて、死ねばだれもがゾンビ化することになっている。事件当時はすでにゾンビ発生から20年以上たったあとだが、最初の発生後も比較的対処は上手く進み一般市民は割と平穏な生活を送っているらしい。

そんなわけで常に危険と隣り合わせのサスペンスはないけれど、ゾンビ発生後の世界のありようが非常に独特で、面白い。

グロ描写も冴えてます。

この世界では、ペットや家畜も死ねばすべてゾンビ化してしまう。死ねば動物でもゾンビ化して周りの生き物を襲う。

ペットが死んでも、かわいさの余りそのゾンビ化を受入れられない飼い主が被害を受けといった事件が多発し、ペットはすべて隔離されることになる。勿論隔離してもペットが死ねばゾンビになる。

家畜の場合はさらに深刻で、鶏舎などで弱った家畜が夜中に死んでゾンビ化すれば、誰にも気付かれないまま朝には鶏舎中の鳥がゾンビになってしまう。

それに伴い食肉の問題がでてくる。ゾンビ化していない家畜だけを飼育することで、食肉は非常に高価な物になってしまった。ところが、時たま安価な肉が市場に出回ることがあった・・・。

ま、どういうことかは分かると思いますが、この辺の設定から、「ゾンビイーター」という人種の登場、このあたりがこの小説の真骨頂だと思います。グロいため詳細は控えますので、興味のあるかたは是非本を手に取ってみてください。

しかし、「ゾンビイーター」についても、露悪的なただただグロい、といった描写ではなく、なんといいますかアンディ・ウォーホルの「悪魔のはらわた」にも通じる耽美な雰囲気が濃厚ですので、ちょっとした変態性を気にしない人であれば許容できる範囲の描写ではないかと思います。

推理ものとしては、ちょっと物足りないかな。

そして肝心の物語については、どうしても軽さは否めない。そもそも数日間の短い期間の出来事だし、密室殺人の謎も、本格物という観点から見ても驚天動地のトリックでもないしとりたてて言うほどの物ではないと思う。

現在進行している物語と交互に、主人公瑠璃の過去の物語が挿入される構成になっているが、瑠璃の物語についてもたぶん読んでいてだいたい想像出来るもので、構成の割には明かされる出来事のインパクトが小さい。

それとも、もっと若い読者を想定しているのかな?

ラストも取って付けたような印象で、もう少しエピソードがあったり、人物の深掘りがないと読んでて感情移入できない。その辺が全体的に軽いという印象に繋がっている。

まあ、軽いから読みやすいとも言える。300ページちょいだけど、会話主体だしサクッと読めると思う。

まとめの感想。

結論から言うと、もうふたひねりくらいあると文句なく楽しめたと思う。つまり、せっかくのこの世界のゾンビ設定や、葦土が研究していた部分的活性化遺体(=パーシャルゾンビ)などの話をもっと膨らませてほしかった。そうでないと、本当にただ設定のための設定、と言った感じでもったいないことこの上ない。

そういうわけで万人にはお勧めできないかも知れないが、ファンは必読。そしてゾンビ研究家の方々にとっても必読の書であることは間違いない。凡百の下らないゾンビ映画をいくつも観るより、これを読んだ方がいいだろう。

普通の人なら、まあ文庫化までまってもいいかな。

そんな感じでした。