スティーブン・キングの新作「異能機関」’The Institute’の感想。炎の少女チャーリー+イット(またはスタンド・バイ・ミ)みたいな。秘密の組織、陰謀、超能力、少年少女の物語。

スティーブン・キングの新作、’the institute’の感想です。翻訳が出て、邦題は「異能機関」となりました。カタカナになるかと思ったら、翻訳されました。”revival”が「心霊電流」になったみたいな感じかしら。

超能力、少年少女、秘密組織、陰謀といったキーワードで語られる本作、それだけ見るとなんか似たようなのが過去にもあったな?と思うんですが、時代的な違いもあり、オリジナルな物語となっております。

この本については「炎の少女チャーリー」×「IT」という見方がありますが、まあ要素としてはそんなところ、でもストーリーラインは「IT」とは全く違う。

個人的には、映画版「ダークタワー」の冒頭に出てきた子どもたちが暮らす広場。塔をぶっ壊すため、黒衣の男が能力のある少年少女を集めて管理している町、あれが一番近い気がします。ていうか映画冒頭のあの場面からこの物語を思いついたのではないかと思えるくらいイメージが似てます。映画でも主人公の少年はその並外れた超能力のせいで黒衣の男に目をつけられ、誘拐され塔の破壊に従事させられそうになります。

この本もそれと同じで、特殊な能力をもった子どもたちが誘拐され、ある目的のためにその能力の行使を強制されるというお話。で、その子どもたちを誘拐し、誘拐した子どもたちが生活する組織がタイトルにもなっているインスティテュート(Institute)です。訳すと研究所とか機関とかなんですが。

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インスティテュートとは。

固有名詞じゃなくて一般名詞を使うところはいかにも秘密組織っぽいんですが、キングの読者にとってはそれ以上に「店(ショップ)」を思い起こさせるものになっています。

「店(ショップ)」とは、過去のキングの小説で出てきた政府の秘密組織。「炎の少女チャーリー」でチャーリーを追っかける敵側の組織として登場し、その後も「ザ・スタンド」、「トミーノッカーズ」でちょっと言及されています。

インスティテュートとショップはよく似た感じに思える組織ですが、両者の関係も気になるところです。それについても後ほど書いてみます。→書き忘れました。

最近のキングらしい読みやすい面白い小説です。

でインスティテュートですが、近年のキングらしい読みやすくエンターテイメント性に溢れた娯楽作になっているように感じます。超能力、少年、といったテーマで過去のキング作にも共通する要素が色々あるんですが、ホラー要素はあんまりなく後半は少年の冒険物語という趣で、グロい点もほぼない。一部の箇所を除けば(主人公が少年なので)ほとんど子供向けにも思える。小説の献辞もキングの孫たちに捧げられているし。

なお一部、最近のキングの作品に政治臭を感じる向きもあるようですが、それは違う。と断言してもいいんではないかと思います。

作中でもドナルド・トランプへの言及があり、それがしばしば批判的であったりしますが、それはアメリカ国内の状況を反映しているだけに過ぎないのでは、と思います。実際にトランプ支持不支持の世論は半々で、またそうした分断がアメリカ国内でも問題になっている。登場人物の言動にそれが現れるのはある意味当然のことと言えます。まして作中に現実の出来事や商品が当たり前のように出てくるキングの小説では、言及されないほうがおかしいとも言えます。

物語の発端。

主人公は12歳の少年、ルークくん。かれは特別に才能のある生徒が入学する特殊学校に通っていて、12際にしてMITの入学許可が余裕でもらえるくらいに頭がいい。ただテストの成績がいいとかいうんじゃなくて、読んだものを瞬時に記憶してしまうすごい記憶力の持ち主。といってもサヴァン的な記憶力というだけでなく、そこで得た知識をもとに推論する能力もあり、いわゆる天才といっていいレベル。

そしてそれだけではなく、彼は軽いテレキネシスの持ち主でもあった。興奮したりした際に、ドアが勝手にしまったり、お皿が勝手に動いたり。それほど強い力ではないものの、明らかに超能力といってもおかしくない力がかれにはあるのでした。

そしてSAT(大学進学適性試験)を余裕ぶっこいて終えたその日、ルークの家は何者かに襲撃され、誘拐される。誘拐に気づいた両親は撃ち殺されてしまいます…。

その後ルークが目覚めるのは一見すると自分の部屋と同じような場所。でも細部が違っている。部屋をでたルークが目にしたのはいくつもの部屋が並ぶ廊下、そして廊下の先にしゃがんでいる少女。建物の周りには広大な森が広がっています。

こうしてルークは謎の組織インスティテュート(Institute)のもとで生活を送ることになり、やがてこの組織の秘密が徐々に明らかになっていきます。

ごく普通の少年少女が主人公の物語。

ただ点数がいい、成績がいい、記憶力がいいというだけでなく、大人顔負けの知識の応用力、推理力があるというのがかれの特徴になっています。でありながら、それ以外の点ではごく普通の12歳の少年。天才であることは重要なファクターになるわけですが、「名探偵コナン」みたいなその異常な能力が全面に押し出されるお話ではなく、頭はいいけどそれ以外は普通の少年が困難に立ち向かう、というお話になっています。

そういえば映画では「ハンナ」というのがあった。あれは殺人兵器として育てられた少女がその能力を発揮して組織を脱出する話で、途中普通の少女、家庭とのからみをはさみながら結局はハンナの「強さ」が強調される話になっていたような気がしますが、インスティチュートの主人公ルークはその逆で、弱いとはいえ超能力があって、さらに天才的な知能の持ち主でありながら、やっぱりふつうの男の子なんだっていう話になっていると思います。この辺が、なんとなく子供向けでも通用しそうだと感じる一つの要素なのかな。

インスティチュートには他にも同じように誘拐されてきた少年少女が何人も生活しています。人数は変動がありますが主要な子供キャラクターは数人、かれらの友情、人間関係もこの小説の見どころです。とくにエイヴァリー。10歳にしては幼く見えるチビのエイヴァリー、ルークのあとに誘拐されてきたかれは強力なテレパシーの持ち主。今までのだれよりも強力な超能力を持つ彼、物語でも重要な役割を果たすことになりますが、おねしょをしながら登場した彼とルーク、カリーシャとの関係なんかもサクッとわかりやすく描写しちゃうのが見事です。

他の少年少女たちについても、出番は多くないんですが必要最小限の描写で関係を描いています。やや型にはまった感は否めないもののインスティチュートの描写の合間に少なくない子どもたち(+職員の大人たち)をそれぞれ肉付けしていくのはさすが。何度でもいいますがベテランだと思います。

インスティテュートの目的と、ルークの脱出。

で、インスティテュートがなぜ超能力のある少年少女たちを誘拐しているのかというと、もちろん目的があるわけです。

インスティテュートではある目的のために子どもたちの超能力を利用しようとしていて、まずはその能力を高めるために様々な実験、検査が施される。

ルークたちが暮らす区画はフロントハーフと呼ばれていて、そこは比較的自由で、いいつけさえきちんと守り時折の検査、実験に協力的である限り、穏やかに生活することができます。言うことを聞くとトークンがもらえ、トークンを使って自販機でおやつや飲み物を買うこともできます。自販機にはアルコール飲料やタバコまで販売されていて、子供でもそれを口にできることにルークは驚く。

アルコールやタバコは子どもたちの反抗心を骨抜きにし恭順にするための文字通りの麻薬。いったいそんなものが普通に与えられるインスティテュートとは何なんだろう。とルークが探っていくうちに、建物にはバックハーフと呼ばれる区画があるらしいことがわかります。

インスティテュートの職員によれば、ルークたちはお国のために奉仕している。もちろんみんなの両親は健在で、ここでの検査が終わったら記憶を消去されて親元に返される。ここであったことはまったく覚えていないし、それが問題になることもない。

その説明が大嘘であることは、残念ながらルークには、というか他の多くの子どもたちにも、明らかです。

インスティテュートにはフロントハーフのほかに、バックハーフと呼ばれる場所があるらしい。

誘拐されてきた子どもたちは最初はフロントハーフで生活し、やがてバックハーフに連れて行かれる。ルークより前にいたカリーシャ、ニッキーたちの話でそれは明らか。連れて行かれるタイミングはよくわからない。しかし、一度バックハーフに行ってしまうと二度と戻ってくることはない。おそらくはそこで、インスティテュートの目的に供せられるのだろう。しかし、その後は?バックハーフに行ったあと、その後はどうなる?

やがてニッキーが去り、カリーシャもいなくなる。ルークは残された時間が少なくなっていることを知る。

てな感じで、ルークは脱出を企てます。

その後の展開。

だいたいここまでで全体の2/5くらい。

のこりのネタバレは避けますが、ある意味予想通りというか、脱出するルークの冒険談になるわけですが。そのへんもお話の構成でさらに面白く読めるようになってる。

小説の冒頭では、実はルークではなくティムという男が登場します。元警官のかれが、ちょっとした気まぐれ、というか直感でサウスキャロライナのデュプレイという田舎町に立ち寄るところから小説が始まります。

その後しばらくはかれが町のNight knockerとして働くようになる様子が描かれます。Night knockerていうのは田舎の警察の補佐、夜番みたいなので、夜中に町のあちこちを歩いて回って、異常がないか見回る仕事。日本語で何ていうんだろう。

ティムが警察をやめたのは不幸が重なった事故のようなもので、元来優秀で真面目で人柄もいい警官だった彼はすぐに才覚を現し、町の住人とも打ち解けていく。

で、ティムが主人公なのかな?と思ったころに、突然ルークの物語が始まる。

ティムとルークがどう出会い交差するのかも、予想はつくけどなかなか面白いところです。そして二人が出会ってからの展開も、予想はつくけど勢いがあって一気に進んでいきます。

感想。

というわけでなかなか面白い小説でした。少年たちの物語って、「スタンド・バイ・ミー」、「イット」とキングのお手の物なわけで、そこに超能力というこれまたキングがよく使う要素を混ぜ込んで、手堅くまとまった良作です。ホラー要素もないんで、そういうのが苦手な人でもOKかな。

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