幽霊とかよりずっと怖い。鬱病の内面を描いた曽野綾子の短編「椅子の中」。

やっぱり個人的には幽霊とか怪奇現象とかより、人間が怖い。

人間の怖さも2種類あって、一つは殺人鬼とかサイコパスとか、頭のおかしい人が物理的にもたらす怖さ。強盗とか、殺人とか。もうひとつは、まったく異質な人の頭を覗いてるうちに、自分もおかしくなるんじゃないかと思わせる怖さ。伝染しそうな狂気というか。

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鬱病?離人症?病人の心理を描いた「椅子の中」。

曽野綾子の「椅子の中」は、読んでいてこっちまで鬱っぽくなってしまいそうなほど、病気の人の心理がよく描かれてると思う。個人的には「残穢」とか実録ものの怪談より、こっちのほうがずっと怖い。

「椅子の中」はエッセイとも小説ともつかない掌編で、病気になった「私」が自分の内面と日々の出来事を綴った作品になっている。曽野綾子が一時期に鬱を患っていたことを考えれば事実に基づいた作品であると思いがちだけど、そうは明言していないし日記文学ほどには事実に近くない創作なんじゃないか、と勝手に思っている。

「椅子の中」の私が体験しているのは無気力になり、物事の軽重が判断できなくなり、あらゆる表現に怯え、かと思うと物事に感動できなくなっている状態で、鬱病のようでもあるけど、これは離人症なんじゃないか、という気もする。そして、その内面の歪んだ、常道を外れた思考回路が一部悪夢的な連想を伴って巧みに描写されてて、読むたびに怖い。

まあ、これを怖い、とは思わない人もたくさんいるとは思うのですが、わたしとしてはここに描かれた「空っぽ」の人間の有様と、その内部で展開される独特な思考がやっぱり怖い。覚醒剤や催眠薬にすがって生活している様子も怖い。

最後は、唐突に生の実感を感じた「私」が病を脱しかけているのだろうか、と感じるところで終わる。

別にホラーと銘打っているわけではないし、淡々とした語り口の何気ない話とも読めるけれど、この怖さを全面に押し出すと新井素子みたいになるんだと思う。

おまけに「長い暗い冬」他2編も収録されています。

あと扶桑社文庫の同タイトルの短編集には、こちらは恐怖小説の名作として名高い「長いくらい冬」が収められている。これは有名なので知っている人も多いと思うけど、全体を覆う暗い沈んだトーンが特徴の切れ味のいい名作。「椅子の中」の私的な感覚を三人称に転換して客観的に描写して、その暗い不気味な雰囲気を一気に凝縮させるのが見事。

ほかにも2作収められているんだけど、こちらは怖さとか狂気とは全く無縁で、あえていえば人間賛歌に類するもの。そういうわけで、全4編、どれも短く読みやすく、いろんな面が覗けるバランスのいい短編集だと思いました。

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