ハヤカワ文庫ノンフィクションの一冊、「E=mc2 世界一有名な方程式の「伝記」」の感想。
科学系ノンフィクションはたくさんあるけれど、この本はその中でも抜群に面白く、分りやすい。
E=mc2の成り立ちの歴史を人間ドラマを交えて描く。
方程式の「伝記」という副題が示すように、E=mc2という有名な式を中心に、その成り立ちからそれが世界にもたらした影響を描いている。この式の理解に必要なエネルギー(E)、質量(m)、速度(c)、それから2乗やイコールといった概念の発見から説明されていくんだけど、無味乾燥な教科書的な記述じゃなくて、当時それを発見した人々を主人公にした伝記という体裁になっていて読みやすいし、さらに面白い。
E=mc2が誕生した後はさらに劇的な物語になり、第二次世界大戦時の新型爆弾開発をめぐる米独の争いが描かれて、この部分はE=mc2から離れて戦争にまつわるノンフィクションを読んでいるような感じ。アインシュタインの危惧とそれを一顧だにしない米政府、ハイゼルベルグとヒムラーの意外な関連、ノルウェーの重水素製造工場の破壊工作とか、興味深い話題がたくさん含まれている。
しかし、あくまでもこの本の主役はE=mc2なので、登場する人々は行く末が気になってくるあたりで出番が終わり、次の話題に写っていく。この辺のバランスがよくて、飽きずに読め、さらに知りたいという気分にさせてくれる。
扱われている年代は結構幅広いけど、全体を通して情報の取捨選択が適切で、各章ごとにテーマもきまっていて冗長すぎるところもない。
もうちょっと詳しく知りたい、という人のためには、巻末に「文献案内」として参考書が詳しく紹介されている。それから、注釈もかなりの分量で、単純に典拠を記しただけの注だけではなく本文のより詳しい解説があって注だけ読んでいても面白い。
この本の「注」の付け方に感心しました。
あと、この本の注のいいところ。それは本文中に「注」が示されていないこと。これは結構珍しいんじゃないか。つまり本文を読んでいてもどこに注がついているのか分らない。これ、「注」によって妨げられることなく読書に集中できて、すごくいいことだと思う。この本のような、より詳細な理解を助けるために注が設けられている場合、必ずしも本文と平行して読む必要はないのでなおさらそう。
注の内容をみると、この著者が登場人物のちょっとした行動についてもかなり詳細に資料をチェックして書いていることが分かる。この注をみていると、著名な人物がたくさん登場するけれど、それぞれの発言や行動も勝手な創作ではなくて根拠のある描写なんだなという安心感が感じられる。
まとめ。
総じて面白い本でした。数式なんかは意外なほど出てこず、概念として理解させようとするので、厳密な定義なんかはわからないかもしれないけど、門外漢にとってはE=mc2がだいたいどういうものなのかが分るし、それ以上に登場する学者達の人間くさいやりとりが面白い。
著者のデイヴィッド・ボダニスはジャーナリストで、大学で「科学史」を教えているということ。本職の物理学者の本よりわかりやすのは、歴史を教える専門家だからでしょうか。