「Xと云う患者」の感想。芥川龍之介とノワールの邂逅。「暗黒の詩学」が狂いゆく龍之介の心象風景によくあっています。

芥川龍之介にまつわる短編集。龍之介が主人公で、面白いのは芥川龍之介自身の小説を利用して構成されているところ。内容も、基本的に事実というかいろんな伝聞やエッセイなどに現れる芥川龍之介を描いているので伝記的な作品でもある。芥川龍之介がどんどん狂っていって自分の小説に取り込まれていくような。

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芥川龍之介の伝記的創作。

新しい元号が発表される前日に読んでたところが、ちょうど明治天皇の崩御とその後を追って割腹自殺する乃木希典(とその妻)のところだったので、なんかタイムリーに感じました。

そういう史実についても、明治天皇の崩御、関東大震災なんかが出てきて明治頃の時代感がよく感じられるのも面白いところです。芥川龍之介と交流のあった人々もいろいろと登場して、このあたりの小説が好きな人ならそれだけで結構ワクワクします。

芥川の師匠でもある夏目漱石はもちろん登場します。内田百閒がちょろっと出てくるのも個人的にはよかった。

巻末の参考文献を見ると芥川龍之介周辺の資料はかなり参照しているようです。

漱石と龍之介。

内田百閒の本に「私の漱石と龍之介」っていうのがありましたね。当然それも参照されています。

夏目漱石も滞英中にかなり神経が参っていたようで、漱石の妻の話を口述筆記した「漱石の思い出」を読むと帰国後もどうみても妄想がでてるのがよくわかりますよね。この小説中では、漱石が自分の滞在中の出来事を語って聞かせる形で不思議な物語が描かれますが、面白いのは漱石の神経衰弱と龍之介の神経衰弱の違いです。

一言で言うと漱石は客観的、龍之介は主観的のような感じがします。

漱石が友人に送った手紙をみると、滞英中に遭遇した出来事について、かなり自分を客観的に見つめているように感じられます。自分自身ではかなり苦しんでいたのかもしれませんが、ロンドンで暮らす自分を客観的に描写していて、そこにある種の余裕、ユーモアが生まれているようです。(そのへんを引き継いだのが内田百閒ではないかと個人的に思っています。)

この章は漱石の手紙などが元になっていて、他の章とは明らかにリズムが違っています。ゆったりしているというか。

同じように苦しんだ漱石と比べると、この本で描かれている龍之介は自らの恐れや不安を全体から滲み出させているようで、後半ではどうみても被害妄想にしか思えない異常な連想があるものの、それを自分ではどうしようもない。みていて可哀想なところがあります。

龍之介の不安が基調になっているので、全体的に暗い。が面白い。

最終的に自殺する芥川龍之介ですが、そういう暗い側面に注目して書かれた本なので、全体的に暗い。この本は常に暗澹とした雰囲気に満ちています。最初から最後まで、自分が精神病になることを恐れる芥川龍之介の漠然とした不安が満ちているような感じ。

天皇の崩御、関東大震災の他にも、日本に来た宣教師が結局はキリスト教の根本を理解してもらえなかったこと、そのことで悪魔に責められるところなど、明るい要素があまりありません。

それから文章としては龍之介自身の小説からの引用がかなりあるようですが、デイヴィッド・ピースの反復する畳み掛けるような文章が切迫感、前のめりな感じを醸し出していて内容とよく合ってる。

ノワールについては好き嫌い分かれるところもあると思います。「1974 ジョーカー」とか、全然うまそうじゃないカレーの描写とかなかなか面白いのですが、主人公は酷い目に遭うし、いかんせん暗い。

まそれが特徴なわけですが、この「Xと云う患者」ではドライな殺伐とした雰囲気ではなく、史実に基づきながらも龍之介が小説に取り込まれるような幻想的な雰囲気を醸し出していて、それがちょっと他に読んだ同著者の小説とは違っているように感じました。暗いといっても、読んでて気が滅入ってくるようなものではありません。

個人的には、夏目漱石が登場する幻想的とも言える章と、死の数日前の芥川に金の無心に行った内田百閒の部分が気に入った。好きなもので。

まとめの感想。

雰囲気は暗いものの、読み物としては面白い。これは各章は年代順に並べられていて、特になにか劇的な展開があったりするわけではないのですが、ラストは見事に物語が締めくくられて鮮やかな落ちのついた短編小説を読んだような気分になれます。

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