「ヨーロッパ炎上 新・100年予測」の感想。戦争はなくならない。

ジョージ・フリードマンの「ヨーロッパ炎上 新・100年予測 -動乱の地政学-」という本を読んだ。邦題はちょっと扇情的に過ぎるような気がする。基本的には良質な歴史書で、時代、範囲を(ロシアも含めた)ヨーロッパに限定してこれまでの歴史的経緯を分かりやすく解説してくれる。

そして、人が自らの出自に誇りを持ち、自分の文化を愛する限り、戦争はなくならないという真実を歴史を通じて教えてくれる。

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とてもわかりやすい歴史書。

まあ一言で言うと「歴史は繰り返す」という格言に要約されてしまうんだけど、それだとあまりにも無味乾燥かつ抽象的過ぎてそこから具体的現象を演繹するのがほぼ不可能になる。この本は主にヨーロッパの国々の過去の歴史を振り返ることで、国家間で起きた過去の問題が根本的には解決されていないままであり、さらには現時点ではおそらく解決不可能であることを示し、それが引き金となってさまざまな動乱が起こりうることを示している。

この本が歴史書として優れているのはとにかくわかりやすいこと。ヨーロッパという主題を設定することで、個別の国の些末な歴史に深入りしすぎず、また同時代の縁遠い国々についての描写も最小限にとどめて、本質だけに集中できている。さらにヨーロッパの中での軍事的・経済的摩擦を中心に、地政学的ダイナミズムが発露する部分に的を絞っているので全体を通して視点が一貫していて、話題が多少散漫になるように感じられても全体としてよくまとまっている。

わかりやすさはこの著者の特徴でもあると思う。第二次大戦へのアメリカの関わり方、リーマンショックの部分なんかを読むと、ごく短い説明で簡潔に説明されている。ネタの選び方だけでなくて、要点だけを記す書き方が上手いんだと思う。

歴史の延長としての未来。予測は難しいが、可能性の列挙はできる。

歴史書であると同時に過去から演繹した将来像も描かれているけれど、この点はやや散漫な印象がある。それはこの本が悪いというより、100年予測という邦題が良くないと思う。訳書ではありがちだけどちょっと気を持たせすぎ。

邦題からくる期待を差っ引いて、そもそも未来の予測は不可能であるという事実と突き合わせて見れば、この本の予測は的確で理にかなっていると思う。各国の将来の可能性を描写する段では多少話題が行ったり来たりしてまとまりがなくなる気がするけれど、書かれている内容は一貫していてまっとうだと思う。むしろこの書きぶりは歴史/経済の今後を予測するようといった愚にもつかない本よりも遥かに誠実で信頼できる。

この本の主張を裏付けるようなデータや何かはほとんど引用されていないけれど、特徴的なのは著者、および著者の家族の個人的な体験がさまざまな洞察の源になっている点。動乱する国を出て平穏を求めてアメリカに移住した身で、さらにそこから振り返って祖国を含むヨーロッパを見つめる視点には、平和ボケした、あるいは戦争を体験したとはいえ日本にしか住んでいない人にはない冷静な視点があるように思える。なんか日本人には、戦争反対、戦争はよくないと声高に主張するだけで、それだけ言ってればいいように思っている人が多いような気がする。憲法9条があることと、戦争になることは普通に両立すると思うんですけどね。

戦争はなくせるのか。

戦争が不幸をもたらすことは多分世界中のだれもが知っている。この本では、それでも戦争を起こさざるを得ない場合があること、それからもらい事故じゃないけど、否が応でも戦争に巻き込まれてしまうことがあることが書かれている。

戦争の火種としては、大別すると2つしかない。経済的なものと、国家主義的なもの。この本を読む限り、どちらかというと経済的な問題がより大きな部分を持っているように思える。たとえば2018年現在では世界的に愛国主義の台頭がやや目立っているけれど、それは感情的なものでそれに対応する友和的な主張も必ずある。しかし愛国主義の裏にあるのは経済的な問題で、国家の弱体化に比例する形で愛国主義が広がってくる。この本でも書かれているようにドイツのナチスも同じ経緯で広がっているし、日本の右翼的言論も、国に対する攻撃を糧にして勢いを増しているように思える。

戦争はなくならない。

戦争はなくならない。ジェイムズ・P・ホーガンの「星を継ぐもの」というSFでは、未来では人はみんな友和して地球市民といったものになっている。その設定がいかに理想主義的で、脳天気なものかは本書をよむとよく分かる。それはそれで、フィクションとしては別に文句をいう筋合いはないものだけど、現実としては地球市民の実現は相当に困難だろうことは想像に難くない。文学的にはどちらかというとそうした融和の困難をテーマにしたものが多い。これは評論だけど、松原正という人の書いたそのものずばり「戦争は無くならない」という本でも、戦争がなくなるのは人が人でなくなり、動物になったときである、と書かれていたと思う。

戦争をなくすには、相手と戦わなければいい。片方の頬を引っ叩かれたらもう片方も差し出すキリストみたいに、攻め込まれたら防衛も反撃もせずに降伏する。そうすれば戦争はなくなる。日本が中国、あるいはロシアなどの国に攻め込まれたら、無抵抗で領土も家も会社も明け渡し、日本語もやめて占領国の言葉を習い、文化も捨てる。それができるなら、戦争はなくなり世界は平和になる。それが実現できるとは今のところ思えない。シャープも中国に買われ、東芝も買われ、さらにこの先日本がどんどん弱体化して行ったとして、そのとき中国や韓国やその他の国にぜひ日本を併合してくださいと言えるだろうか。なんの未練もなくそう言えるのなら、その時日本人は憲法9条を掲げるよりははるかに効果的に、戦争をなくすことができると思う。

ただこれで世界平和を実現するためには、世界中の人が同じ思想になる必要がある。大国がすべての地域を占領して、だれも文句を言わない状況。それは一国だけが服従するのより相当難しいとおもうけど、果たして将来的にそういう機運が生まれることはあるんだろうか。この本を読む限り、それはあり得ない。

消極的平和としては、イギリスとスコットランドとの関係についての描写が興味深い。

平和という状況は各国間のあやういバランスの上に成り立っている不安定なものでしかない。それを長く維持するためには外交的努力が不可欠。日本は世界のいろんな問題と直接的にはからんでないので一見安閑として状況に思えるけど、アメリカとの軍事同盟によって今後多少の火の粉が降り掛かってくる可能性は十分にあると思います。

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