「世界を騙しつづける科学者たち」の感想。

真っ黒で、一見すると陰謀論者の手になる怪しい本に見えるけど、中身はまっとうな本。

一部の科学者がいかに真実を歪め、虚偽の情報を流し、国民を混乱させているかを告発したもので、その目的、手段が克明に描かれている。

上巻の帯には

米国の中枢から偽情報をバラまく「御用学者」の実態!

という宣伝文句が踊っています。ただし、「御用学者」といっても政府におもねる学者というものではなく、むしろその逆。ある種の信念のもとにある一定の考え方に執着し、それを様々な媒体、人脈を駆使して世間に広め、政府にもその主張をねじ込んでいくという、独立した存在として描かれています。

ここでいう一部の科学者、というのは、学会の異端児とか、まともな人には相手にされない自説(珍説)にこだわっているいわゆる奇人変人の類ではなくて、過去に優れた業績を残し名声も手にした一流の科学者たち。そんな地位も名誉もある科学者が、なぜ「世界を騙しつづける」ようなことをするのか。

ためになる本だと思いますが、人物がたくさん出てきて、組織名もたくさん出てきて少し読み疲れしてしまいました。しかし、読んで損はないと思いますので、以下に要点を書き出してみます。

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本書のテーマ、環境問題。

まず、この本で扱われるのは環境問題。具体的には、

  • 喫煙による健康被害
  • 核の冬
  • 人為的要因による酸性雨
  • 人為的要因によるオゾンホール増大
  • 副流煙による二次的健康被害
  • 人為的要因による地球温暖化
  • DDTによる環境汚染

といったトピックが取り上げられる。

この本では、上に挙げた諸問題は調査の結果確認され、科学的に立証されたことが説明されたとされる。そして、それにも関わらずこうした問題はまだ未解決で決着していない、あるいは間違っている、という主張を繰り返し、世間に広めようとする一部の科学者、組織の存在を指摘する。

科学的に立証されたことに反駁する

科学的に認められたことに対してどう反論するのか。

このやり口は、いわゆるトンデモ本などの著者と同じ。論文の一部のみ引用したり、グラフやデータの都合のいい部分のみ引用したり、まだ問題が明確になっていなかった過去の論文を典拠にしたり…。そのようにして自分の主張を正当化する文章(論文)をつくりあげる。それは論文の体裁を取っているが、ピアレビューを通ったまともな論文ではないものがほとんど。

また、地球温暖化、タバコとガンの因果関係などには、まだまだ解明されていない部分もある。それに、100%証明できるタイプの数式のようなものじゃなく、いくつもの観測結果からすると90%の確率で因果関係があると推測できる、といった類のもの。

「騙す」側はその点を利用して、100%間違いないとは言えないから結論を出すのは早い、さらに研究を続ける必要がある、とする。この本の原題は”Marchants of Doubt”。「疑念の商人たち」ということで、そういう疑念を売り込むことで、科学的には決着がついているはずの問題を蒸し返し、時には政府の意思決定を遅らせる。

彼らはこうした文章を新聞や雑誌を含む様々な媒体に掲載し、議員に配布し、自分たちの思想を広めようとしている。

有名な新聞雑誌に彼らの文章がたくさん掲載される理由は、著者によると誤った公平・平等の原則のため。「騙す」側の、対立する2つの説のどちらも等しく掲載するべき、という主張によって多くの新聞や雑誌が「騙す」側の主張を掲載した。

しかし科学的にすでに答えの出ている問題については、そうした公平というのはおよそ的外れ。すでに科学的に決着のついている事柄について、ごく一部の科学者が反駁しているに過ぎない。人類は月に行っていないとか、太陽が地球の周りを回っているとか、そういう類のもの。

騙し続けているのは誰か。

で、だれが何のためにこういうことをしているのかというと、大雑把に言うとかつて冷戦時代に主導的な立場にあった科学者が、冷戦後も反共・自由主義を貫くためにやっている、ということです。具体的に槍玉に挙げられているのは

  • フレデリック・サイツ(1911~2008)
  • S・フレッド・シンガー(1924~)
  • ウィリアム・A・ニーレンバーグ(1919~2000)
  • ロバート・ジャストロウ(1925~2008)

の4人。この4人はいずれも成功した科学者で地位も名誉もある。共通するのは実際の研究者としてのキャリアが終わった後に政治的な活動を始めていること。そして問題なのは、目的のためには手段を選ばず、科学的に誤っていることでも構わず喧伝し始めたこと。扱っていたのは自分の専門外の分野のことばかり。

騙す目的は何か。

目的は、自由市場の保護。冷戦の名残からか、反共主義的な思想が色濃く、自由市場万歳という立場。それ自体は悪いことではないが、環境問題の改善には何かしらの規制が必要であることから、(タバコの喫煙場所制限、フロンガス使用禁止、二酸化炭素排出制限など)、対立することが多かった。原理的に、完全な自由市場主義は、産業規制を伴う急進的な環境保護とは相容れない。結果として、彼らは環境保護推進派を敵視し、何かにつけて反対するようになる。

著者によれば、結局のところこの対立は科学とは関係のないもので、「市場の失敗」をどうするか、に帰着する。科学的には、環境汚染などの問題に適切に対処するには政府による市場への介入が必須になる。よって、自由市場主義者たちは、科学を無視し、それに反対した。科学的には無価値な言説でも、高名な学者の高級紙に掲載される文章は、一般大衆の目にはそれなりに説得力のあるものとして映る。

それでも、こうしたメディアの影響力は強く、金も人脈もある組織が着実に言説を広めることで、環境問題についてはすでに大衆の意見が分かれる状況になっており、DDTの禁止で逆に何百万人も死者が増えた、と信じる人も増えている。

で、どうすればいいのか。

ある科学者の文章を読むとき、すべて出典や次資料に当たったり出来るわけないので、結局のところ、科学者を信頼するしかない。信頼に足る科学者なのかどうかを、その人の過去、所属、資金源などを参照して判断すべき。

多くのトンデモ本の著者のようにあからさまにおかしいと分かる場合はいいけど、高名な学者が老醜を晒すとか、あるいは金や権力にめざめて科学的真実を歪める、とかいった場合、横のつながりを参考にするのは役に立つかもしれない。

この本にもいろんな研究機関の名前が登場するけど、タバコ産業界がそうしたシンクタンクに多額の寄付をしていることがわかる。そうすると、そこで発表されるタバコ擁護の論文も、もっともらしく見えても眉に唾つけてみる必要があるな、とわかる。

まとめ、それと「環境危機をあおってはいけない」について。

本書の最後の方ででてくるのが「環境危機をあおってはいけない」の著者、ビョルン・ロンボルグ。この本はかなり話題になったので知っている人も多いはず。内容についても論争がおきた。本書ではビョルンの著作の問題点を挙げ、ビョルンが多くの「偏った」シンクタンクとつながっていることを指摘している。

「環境危機をあおってはいけない」自体が賛否両論入り乱れる本で、賛同している人も多いはずなので、その本をばっさり断罪することで本書自体、偏っているのでは、という印象を持たれるかもしれない。

ビョルンのつながっているシンクタンクの多くは自由市場主義を掲げているところで、ビョルンと同じコルヌコピアン。コルヌコピアンとは、科学の進歩が人類に限りない繁栄をもたらすと考える一派のことで、環境問題に関しては、そのうち科学の進歩が問題を解決してくれる、と楽観的な立場に立っている。

「環境危機をあおってはいけない」については、訳者のサイトでさり気なくpdfで全文公開されいてるので興味のある方は読んでみてください。

ビョルンに対する批判と、それに対する反論も訳出されています。それと、こんなサイトもあります。

A comprehensive list of errors and flaws in Bjorn Lomborg´s book: The Skeptical Environmentalist, compiled by biologist Kaare Fog.

こちらは「環境危機~」にかぎらずビョルンの著作の誤りをかなり詳細に指摘したサイト。読んでいませんが、かなりの誤りや不適切な引用があり、あらかじめ決められた結論ありきの主張になっている、とされています。

そもそも、ビョルン自身が本をかいたのはコルヌコピアニズムの提唱者であるジュリアン・サイモンの文章を読んだことがきっかけと言っているので、かれの主張に沿うかたちで本を作り上げていったのかもしれない。

「環境危機~」については、無料なので長いけど読んで判断してみてください。

感想。

個人的には、生活環境は昔に比べて良くなっているし、これからも良くなっていくと期待。しかしそのツケが環境問題として回ってきているとすると、手をこまねいているわけにはいかないのでは。本書の最後らへんにでてくる、みんなが豪勢な宴会でさんざん飲み食いしたところで、給仕が請求書をもってやってくる、という話。

それと、ビョルンの地球温暖化についての費用便益の考え方もわかるんだけど、温暖化対策にすごい金かかるから無駄っていうけど、逆に言うとそれくらいお金かけないと解決しないってやばいんじゃないの?気温の上昇は微々たるものでそこまでしなくてもいいっていうけど、途上国の発展次第では二酸化炭素排出量も倍増する可能性もあるし。それまでにちょっとずつ資金を出して研究してれば、テクノロジーが進歩してより効率的な対策が可能になるよ、っていうのはちょっと楽観的にすぎる気がする。

だれもが繁栄を願うわけだが、本書ではすくなくともタバコ問題、オゾンホール問題では、科学に従った政府の規制によって環境が保護された事実が示されている。それによって市場は規制され、企業は不利益を被ったかもしれないけど、一時的な損得以上の結果が得られたはず。

バランスのいい政策は野放図な自由主義よりも実り多いと思うんだけどね。

個人的には、世界はこれからも前進をつづけると思う。疑惑の商人たちも、こうした本で暴かれるし。コトが大きくなるほど、解決への圧力も強まる。決定的な破綻を迎える前に自体は解決する。問題は、すべてのことがそうなるとは限らないこと。温暖化問題がどう決着するのかは今のところわからない。