「リテラリーゴシック・イン・ジャパン」の感想。代金分の価値はある。幅広いジャンルの作品から構成された素晴らしい作品選。

リテラリーゴシック。そもそも現在におけるゴシックとはなにか、というのがよくわからないのであり、さらにリテラリーとつくゴシックが一体何を意味するのか非常に興味がそそられる点であるが、まずは序文を読んでもらいたい。そしてゴシックという言葉に興味をもったら、とにかく読んでみてください。

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まとめ

いきなりまとめますが、とにかくこれだけ幅の広い中から選んできた点ですでに素晴らしい。ゴシックの名のもとにジャンルと時代を横断した珠玉の作品が集結しています。

ここに収められたものは必ずしもホラーであったり、怖かったりするものではありません。この本はただのアンソロジーとは違います。この本に収められた作品をすべて読んでいるというひとはめったにいないと思います。必ず知らない作品があるはず。中には、読者の持つゴシックという観念に当てはまらないように思えるものもあるでしょう。そして、それがこの本のいいところ。一般のホラーアンソロジーなどでは収まりきらない柔軟な選択がこの本を非常にバラエティ豊かな特色のあるものにしています。

はっきり言って、これで1,600円は安い。1,600円は文庫本にしては高めだけど、安い。670ページ以上あって40近い人々の作品が収められているんだから。どれも読みやすい短編が中心で、詩も入っている。これら全てに自力でアクセスすることを考えたら、この本のコストパフォーマンスはすごくいい。

ゴシックとはなにか。あまり気にせず、序文を読んで気になったら読んでください。

序文がすばらしい。

序文というより声明文である「リテラリーゴシック宣言」の時点で、このアンソロジーがいかに志の高い優れたものであるかが伺い知れます。ゴシックとはなにか、それじたいは実は、それほど気にする必要はないのです。この序文でも書かれているようにそもそもの語源であるゴシックと今のゴシックとでは、意味するところにだいぶ乖離があります。そしていわゆるゴシック小説と呼ばれているものも、現在から見ればかなり昔の一時代を指すことが多くいま一般に言われるゴシックはそこから派生した別物になっています。

そしてリテラリーゴシックとこの本でで呼ぶものは、さらにそこから発展するべく編者が設定した一つの大きな枠組みで、文学を対象にはしていますが従来のゴシック小説とも現在なんとなく認識されているゴシックとも若干異なるさらに幅広い可能性を秘めたものです。これを厳密に定義するのは難しい。というより、そんな不毛なことをするよりもとにかくこの本を読んで見てほしいと思います。

ゴシックとはなにか。極私的な意見をいかに述べます。

ゴシックとは。小説に関して言えば一番にていて一般にわかりやすい言葉にホラーというものがあります。ゴシックもホラーも、知らない人にとっては似たようなものかも知れません。ゴシックはなんとなく古臭い、といった違いでしょうか。ただ、ゴシックとホラーは感覚的にはやはり違います。

なにか、人知を超えた、あるいは陣地と隔絶した存在があって、それが容赦なく活動する。その活動は必ず人と対立する。その対立の結果、人の肉体、あるいは精神は容赦なく破壊される。恐ろしい歯車に巻き込まれ、押しつぶされ、あるいはシミになって残る人の精神/肉体…。

この構造のなかで、押しつぶされる人間の悲哀に重点をおいたものがホラーだと思います。そこでは悲劇をもたらす機構ももちろん認識されるものの、どちらかというと物語のアクセントとして存在している。それに対し、意図していてもしていなくても、人を押しつぶす構造そのものが意識され、あるいは重点がおかれる場合、それがゴシックになるのではないかと思います。様式美といえる場合もあるし、人側の悲劇以上に際立つ破壊側の冷徹な理論が目立つ場合もあります。そういうものに気がつくとき、なんとなくゴシックな感じを覚えます。ただ、それがあまり下世話だったりするとゴシックな感じはしません。

これはあくまでも個人的な感覚で、自分で書いて読んでみてもなんか違う、と思わずに入られません。もちろんこの本で宣言されているゴシックともずれがあります。ただ、序文で書かれているようにリテラリーゴシックの定義自体曖昧であり、むしろ堅苦しい定義で閉鎖的になるのではなくあらゆるゴシックの片鱗を持つ秀作を貪欲に取り入れるのが編者の主眼だろうと思うので、そのへんは読み手によって如何様にも解釈していいのだと思います。ただし、どうしても外せない点がふたつ。一つは高潔であること。もう一つは、不穏であること。この点を欠くものは気の抜けた炭酸飲料のようで、ゴシック足りえません。ここは編者と大いに意見を同じくするところです。なおゴシックとは何かについては、編者の「ゴシックハート」「ゴシックスピリット」でより詳しく知ることができます。

個々の作品については編者自身の解説が充実しています。かぶる点もありますが、一応別の視点でも感想を書いてみたいと思います。ただ作品数が多いので少し端折って紹介します。

毒もみのすきな署長さん by 宮沢賢治

このあっけらかんとした狂気。最高。宮沢賢治の怖い小説といえば「注文の多い料理店」ですが、この短編の切れ味も相当なものがあります。

残虐への郷愁 by 江戸川乱歩

ある意味変態としか言いようがない江戸川乱歩ですが、フィクションではなくエッセイでその性癖を吐露したのがこちら。SM趣味、とくに被虐嗜好透けて見える気がする。もっと後ろに収められている澁澤龍彦の「幼児殺戮者」との温度感の違いが楽しめます。個人的には、「幼児殺戮者」によりゴシックなものを感じる。

失楽園殺人事件 by 小栗虫太郎

実験のために女の頭蓋に梅毒菌を注射して女が狂っていく様子を観察して、さらにその女を妊娠させ、梅毒が全身にまわったらしょうがないから安楽死させよう、でもその前に自然に死んじゃった…

この倫理観の欠如。そこに登場人物のだれも突っ込まない点。推理小説としてもトリックに無理があると思うが、そういう点を通り越してすごい。

月澹荘綺譚 by 三島由紀夫

変態性とエロティシズムがほどよく調和した上で、ラストで一気にゴシックの様相を深める。でも全体としては鮮烈な夏の日の情景が思い浮かんで、官能的でもあります。

醜魔たち by 倉橋由美子

最初は性欲に悶える思春期の少年の妄想みたいな感じもするのだが、その裏で確実に事態が進行している。どっちかというとめくるめく文章力が読ませるんだけど、文章と事実とのバランス感覚がいい。このバランスが悪いと滑稽になるんだと思う。文章的には後半に入っている乙一の短編との対比が面白い。

僧帽筋 by 塚本邦雄

塚本邦雄は歌人。この人の文章にはリズムがある。そして説得力に満ちている。詩や俳句はよくわかりませんが、この人の評論とか古今和歌集解題みたいなのとか薔薇色のゴリラとかを読んでいると文章に乗せられてくる感じがする。この短編もそんな雰囲気がよくある。悪事を働く男の話なんだけど、主にたぶらかされる側の視点で書かれていて気持ちよく騙されているうちにやられる本人も無抵抗になっていくさまがいい。

薔薇の縛め by 中井英夫

よくある話のような、昔からある類型の焼き直しのような感じがする話で、とてもいい。全体としてはちょっとした小話みたいな趣もあるんだけど、大仰な前振りにギャップを感じてなんとなく笑ってしまいそうにもなる。

就眠儀式 by 須永朝彦

だが、十字は禁物だ。って何の小説だったかな。なんか、ヴァンパイア映画の一場面のような短編です。冒頭の呪文、単語の羅列の時点ですでにいい雰囲気が醸し出されている。

兎 by 金井美恵子

これはいいと思う。グロい描写に満ちているんだけど、それが食欲と結びつくことで妙に官能的になっていて汚らしい感じがあまりしない。少女が主人公で、父親への思慕があり性的な雰囲気がなにも感じられず、グロい割にはなにかきれいな少女漫画的な雰囲気もあり、静かな美しさが感じられる文章です。

紫色の丘 by 竹内健

この人は知らなかったし、今ではほとんど埋もれた作家なのかもしれない。かつて宇野亜喜良の表紙のシリーズを出していたようだけれど、今ではすべて絶版になっている。割と早くに作家をやめてしまったらしい。

で、この短編は個人的には傑作だと思う。どことなく「ズボンを履いたロバ」とか「ブッチャー・ボーイ」とか「悪童日記」を連想させるのは、著者がフランス文学者だからだろうか。童話的世界の中で進行する残酷なお話。美しい丘の向こうにあるゴミの山、美しい幻想を見続ける盲目の少女の腐敗した眼球…

個人的には短編集のなかで一番の傑作だと思いました。

眉雨 by 古井由吉

これの前の「傳説」は幻想的風景を描いた荘厳な雰囲気を感じさせる短編。眉雨は一見同じように難しい言葉で描かれた難しい話に思えるが、「傳説」とは真逆で全部現実世界に生活する個人の思考が綴られている。ただ、その言葉遣いなんかがかなり独特。自分を無理矢理に説得させようとするような独特な畳み掛けるような文章になっている。

ただ、うんこしたりセックスしたりしながらこんなこと考えてるって、馬鹿じゃないの?という気もしないでもない。かといって吉田知子の「大広間」みたいな、ためにするわざとらしい描写というものもなくて、なにかしら切実なものは感じられる。ここで語られる情動は理解し辛いものの、独特な意外な言葉遣いには惹かれるものがある。

暗黒系 Goth by 乙一

高校生の主人公と友人の女子高生森野が猟奇殺人鬼と接触する話。全体に満ちた不穏な雰囲気と、そこをすんでのところで踏みとどまって良識ある人々の範疇にとどまっている感じ。いくらでもグロく、悪趣味になってしまいそうな話をこのくらいに抑えているのがいいんだと思う。この軽さはなかなか真似できないのでは。主人公が森野との恋愛感情について無反応なのもいい。というよりこの主人公はただ行動するだけで、感情を表明することがない。そのへんもこの短編の独特な雰囲気の形成に役立っている。

高校生の男女ということで青春小説っぽくもあり、ミステリ仕立てでもあってなんとなく軽く読んでしまいだけど、このクールな短編は再読する価値がある。

ミンク by 金原ひとみ

笑える。個人的に文章のノリやなんかがよくあっていて、非常に心地よい。時代的なものもあるのかも知れない。川上未映子ほど独自性が強くなく、町田康よりも簡潔かな。

神経症で病院に行く途中の主人公。でも内容を見ると、神経症というよりも自意識過剰なよくいる若者に思える。一人称による彼女の独白で、冒頭はちょっと読み手を突き放した危うい感じもするんだけどショップの店員とのやり取りあたりからはきちんと客観性をもって書かれていると思う。そして面白い。主人公のショップ店員を観察する眼と、自分の行動を客観性を持って考察するバランスがいい。さらに、おまえ結局ミンクの毛皮買ってないだろ、というツッコミを読者に委ねている点も素敵だ。

デーモン日暮 by 木下古栗

とても馬鹿馬鹿しい話。支離滅裂ででたらめな話で、ストーリーを追うのではなく場面場面の情景を楽しむもの。そこに紋切り型の表現や場面がでてきたりして、くすっと笑える。中原昌也の小説にとても良く似ているけど、より真面目な感じがする。

今日の心霊 by 藤野可織

これも大変おもしろい。昔懐かしい心霊写真に纏わる話、といっても呪いだとかよくある怪談の類とかではなく、写真下手なのに何を撮っても心霊が写り込んでしまう女性(本人は気づいていない)を生暖かく見守るコミュニティの話。彼女の写真ブログがすぐに炎上してしまうので、わざわざオンライン上で友達を作ったりクローズドなサービスに誘導したりして、可笑しい。筆致が報告文書っぽいのはわざとで、語られる内容との落差による笑いを意図してるんだと思う。多分。

ミンクから続く三作はグロい要素はあるものの、どちらかというとコメディだと思う。「ミンク」では冒頭の主人公の妄想が暴力的であること、「今日の心霊」ではただ心霊写真がネタになっている(そしてそこにちょっと残酷なものが写り込んでいる)こと以外にホラーに関連しそうな要素はない。ただ、コメディとして片付けずに細部を見ると、どちらもわざとらしく配置された真面目な最後の一文を文字通りに読めば、語り手が対面する現実がシリアスに浮かび上がってくる…でも、それはうがったものの見方で、やっぱりこれらはコメディだと思う。まあミンクは連作短編のうちの一つで、コミカルな部分も一つの要素として配置されているだけなのかもしれない。どちらにしても、これらをゴシックとして取り上げるこの選書は素晴らしい。

人魚の肉 by 中里友香

明治~昭和初期くらいの時代設定で、海沿いの町を舞台に男女関係を描く。もちろん、登場人物には肺病病みがいて療養のためにこの町に来ている。そして登場人物のうち二人はそれで死んでしまう。そこに人魚の肉の伝説をからめていて、主人公の悲しみに異常ないろどりを与えている。

この小説で気になるのは文章。冒頭の主人公の手紙とか人物の話し言葉とかでとくに、明治~昭和ころの小説文を模しているんだけど、それがちょっと不自然に感じることがある。どうしてなんだろう。地の文と会話文が混ざっている?わたしは詳しくないのでよくわかかりませんが。ですます調とだである調の混ざり具合もあるのかもしれない。

グレー・グレー by 高原英理

選者自身の短編。映画でゾンビものが流行して、その結果として「ゾンビ側」からの物語が出てきたと思う。単なる敵役としてではない、ドラマの主役としてのゾンビを描くものが。ゾンビ映画の元祖にして、そういう要素をすでに自作に取り込んでいたロメロはさすがだなあ、というのはおいておいて、「グレー・グレー」もそういう一歩進んだゾンビもの。一歩進んだというより、ゾンビを単なるパニックものではなく、物語の対象として扱う際の一つの正しい方向に進んだ作品だと思う。そして、ゾンビものが必然的に内包する悲しみに向き合い、ゾンビものならではの結末を迎える。

短い話ですが、ゾンビものとして完成されています。そういえば映画「ゾンビ」のノベライズを昔手に入れたんだけど、つまんなくて途中で読むのやめちゃったのを思い出した。まだどこかに転がっているんだろうか…探し出せたら読んでみよう。

まとめ2

全員を紹介したわけではありません。詩も入ってるし、やっぱりこれだけはいっていて1,600円は決して高くない。ゴシック、という言葉で一般に連想されるものとはちょっと違う作品も含まれている。そこも、いわゆるジャンルもののアンソロジーとは違うところで、それがこの選書の魅力になっていると思う。