小林泰三「安楽探偵」の感想。

これも連作短編集。タイトル通り、オフィスに居ながらにして依頼人の証言だけで事件を解決する「先生」の話。先生と依頼人の会話、それと「助手」の合いの手で進んでいくお話です。

この本は小林泰三の作品の中ではやや小粒で、出来としては中の上くらいだと思う。しかし、この短編集には連作のよさがとてもよく現れている。結構面白いと思いました。

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第一話、アイドルストーカー

この短編は若干わかりづらい。以下ネタバレなので気をつけてください。

結論を言うと、この短編は二段落ちになっています。読者に○○なんだろう、と思わせておいて、実は違うという構成になっています。ただ、その実は違う、という部分がそれほど明示的ではないので、ひょっとしたら勘違いしたままの人もいるかも知れない。○○だろう、と思わせる部分もちょっと弱いのかも知れない。

まず、アイドルの富士唯香という女性が先生のもとを訪れるところから始まります。彼女が相談に訪れたのは病的なストーカーについて。このおっさんは最初は気持ち悪い手紙を送ってくる程度だったのが、そのうち度を越して彼女が雑誌のグラビアや写真集を出すたびに、それと同じポーズで、衣装も似たものを着た自分の写真を撮って彼女に送りつけてくるようになる。女装したむさいおっさんというだけで不快だが、しかも雑誌が出版されたほぼ当日にそういう写真を送りつけてくるので、さすがに気味が悪くなった彼女はアイドルの仕事をやめ、半ば引退状態になる。

しかしある日のこと、ほぼ仕事からも手を引き住所も公開していないはずなのに、彼女の住むマンションの郵便受けにそのストーカーからの郵便物が届いていた。その内容は、ありえないほど詳細に彼女の生活を追ったものでどう考えても自宅にストーカーが侵入しているとしか思えないものだった。そして、自宅にストーカーが潜んでいると確信した彼女は、自宅に戻りストーカーと対面する…。

この短編は、読者を実は富士唯香を名乗る依頼人こそがストーカーのおっさんなんだろう、とミスリードさせるようになっています。依頼人が大柄であるとか、アイドルを名乗る依頼人を見て助手が絶句したとか、依頼人が鏡の中にストーカーの姿を見たとか、ストーカーと対面したあと依頼人は気絶し、その後(心療内科を思わせる)病院に入院したとか。

ここまでがひっかけで、読者は富士唯香=ストーカーと思い込み、その後先生がどうやってその現実を依頼人に突きつけるのかを楽しみに続きを読みます。

が、そのあとに提示されるのは依頼人は本当にアイドルの富士唯香本人で、ストーカーは別にいたというストレートな結論なのでした。

ちょっと分かりづらい理由としては、こういうのを読み慣れている人は最初から警戒して富士唯香=ストーカーという図式に乗らなそうであるという点。ひっかけも、依頼人が男性かなと思わせるだけで断定はしておらずフェアに書かれているので。

そして後段で、それをひっくり返すわけですが、実は依頼人は本当にアイドルだったのです、というようなものがないので、先生のやり取りを読むうちに読者は「あ、やっぱり本当に依頼人は女性だったんだ」と気づくくらい。

そういうわけで、わかりやすいオチを求める向きにはちょっとカタルシスの足りない短編かも知れません。

第二話、消去法。

これもとても無茶苦茶な話で、気に入らない人間を消し去ることのできる超能力をもった女性が先生を訪れます。肉体を消し去るだけでなく、過去にも存在しなかったことにしてしまうというすごい能力です。彼女は事務所に入るなり、先生の助手を消し去ってしまう。果たしてこの能力は本物なのか。そして偽物だとしたら、いったいなぜ彼女はこんな思い込みを持つに至ったのか。

まあちょっと無理があるような気もしますが、この短編では先生の底意地の悪い性格を楽しめばいいのでしょう。それと、非科学的なものを嫌う態度がよく表れています。

第三話、ダイエット

小林泰三の短編では、ほかにもいくつかあるパターンのお話だと思う。笑える。

第4話、食材

これも、なかなか無理のある話です。もちこんだ食材をサメでもカタツムリでも両生類でも哺乳類でもなんでも美味しく調理してくれるレストランを訪れた夫婦と娘。目を離した隙に娘がトイレにでも行ったのかいなくなってしまう。しかし料理は運ばれてきて、夫婦は先に食べ始める。料理はいったい何が材料なのか見当もつかないほど美味しい。夫婦は夢中になって料理を貪るが、娘が戻って来ないことに気づく。

もちろん、ひょっとして娘が食材にされてしまったのでは…とミスリードするわけですが、その後の展開がちょっと無茶。むしろその誤解の部分をずっと拡大して描写したら…とも思いましたが、それだとこの本のトーンとずれてしまう。

まあこれはこれで面白いと思いました。

第5話、命の軽さ

これもなかなかひねくれた、面白い短編でした。

第6話、モリアーティ

この短編集は少しインパクトにかけるかな、という印象だったのですが、終わりよければすべてよし。この6話でそれまでのお話がきれいにまとまって、統一感のある連作集に仕上がったと思います。個人的にはこの第6話が一番面白かった。

まとめ

本題に入る前の先生と助手のやりとりもいつもの調子だし、読みやすいし、なかなかいいのではないかと思いました。