「海を見る人」の感想。いいSF短編集でした。

小林泰三の「海を見る人」。関係ないけど「星をみるひと」っていうのは、迷作として名高い昔のファミコンのゲームで、ゲームバランスは破綻しているが独特な雰囲気があって一部での評判は高かったらしい。タイトルも素敵だ。

「海を見る人」はSF短編集です。これを読むと、小林泰三がSFの人なんだなというのがよくわかります。表現されている世界のファンタジーっぽさと、それを裏で支えるSF的説明がどちらも魅力的な短編が収められています。ハードSFでありながら、同時にファンタジー的でもある。究極的にはSFとファンタジーは不可分なのかもしれませんが、どっちが好きでも楽しめると思います。あとなんとなく、海外のテッド・チャンにちょっと似ているテイストがあるような気がします。

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時計の中のレンズ

最初の「時計の中のレンズ」はちょっととっつきにくいかもしれません。テントで移動生活をしているらしき集団が描かれるのでなんとなくモンゴルかどこかを連想してしまうのですが、どうも地球ではなさそうな不思議な光景が描かれます。風景描写から主人公たちのいる世界とそれに近接する楕円体世界の様子はなんとなくわかるんだけど、距離感、スケールがいまいちピンとこない。できれば図解とか挿絵があるとわかりやすかった。それとも、あとがきや解説にあるようにこれは電卓片手に計算しながら読むのが正しい楽しみ方なのだろうか。わたしには無理です。

内容は、少年の成長と淡い恋。そして、異世界の話かと思っていたらどうやら地球の成れの果てを目指す物語でもあって、ぬれもの細工、やわもの細工といった単語や詳しくは説明されない舞台背景も興味をそそる短編です。

その他の短編もかなり面白いものばかり。これはおすすめです。とりあえず簡単に感想を書いておきます。

独裁者の掟

これは一般受けしそう。総統の率いる第一帝国vs民主連邦という争いが続く宇宙の話。その大局的な話と、市井の少年の話の絡み具合がちょうどいいとおもった。SF的には巨大な宇宙船そのものが人々の暮らす世界になっていること、それに由来する戦争の背景も楽しめる。あと結末もいいし、よくできた短編だと思いました。

天獄と地国

これは同名の長編の冒頭部分を抜粋したもの…ではなく、この短編が膨らんで後に長編になった。「時計の中のレンズ」と同じく環状世界が出てくるんだけど、この短編ではその「外側」が舞台。小型の宇宙船にのっているんだけど、外側なのでそのままでは空に落ちてしまう。飛行していないときは常に天井(地面?)にぶら下がっていなければならない。そんな過酷な状況で、地中に作られたコロニーを漁っては生活物資をかき集めるという悲惨な生活を送る主人公たちの物語です。

SF的には、やっぱり世界の構造がとても興味深いでしょう。具体的な数字も出てくるので、この惑星の大きさなんかも計算すると出てくると思う。わたしはできないけど。これはダイソン球ではなく、幅広の円環状の世界なのではないか、と思った。勘で。イメージとしては、ゲームのヘイローみたいな環状惑星を連想しました。たしか長編では具体的な距離も出ていたような気がする…

SFじゃない部分では、戦後間もない頃どころではない人類絶滅後かと思うような悲惨な生活環境が印象的です。つねに宇宙服を着っぱなし、風呂の存在を知らないなど、臭そうです。

お話は、カリテイという女性が犠牲になり、ひょっとしてカリテイが固執していた神話の世界、球状世界って実在するんじゃ?と主人公が思い始め、そして謎の巨大メカが登場するところで終わります。その先がすごく気になりますが、気になった人は長編の「天獄と地国」を読みましょう。面白いです。

キャッシュ

オンラインゲームとかが流行っているので、こういう仮想世界の物語もまったく違和感なく受け入れられるようになっているのではないでしょうか。数世紀に渡ることもある恒星間飛行中、人工冬眠中の人々の人格を保つために作られた仮想世界が舞台。その仮想世界の成り立ちとルールが魅力的。探偵小説仕立ての、仮想世界におけるキャッシュ人格の存続といった本筋の物語も面白い。

母と子と渦を巡る冒険

これが人類の行き着いた姿なんでしょうか。それとも擬人化された生体ユニットの振る舞いを描いたものなんでしょうか。どっちにしろ、オチも含めてなかなかグロいです。手塚治虫の「火の鳥」めいた嫌さがあります。

海を見る人

現実的にはありえないと思うけど、超重力下にある村ととそうでない村が近くにあったら、それぞれの村で時間の進み方が違ってしまう。相対性理論をもとにした悲しい恋愛小説です。この世界の舞台もダイソン球的な世界みたいですが、海面が事象の地平線というのはどういうことなんだろう。そんなに近くにブラックホールが存在しているのにこの舞台が飲み込まれないのはなぜなんだろう。

これはタイムパラドックスを扱った短編。それと、量子テレポート。テレポートによる移民を続け、やがて互いに孤立した惑星系で暮らすようになった人類。とある宇宙基地に、政府の宇宙戦艦が接触してくるという話。最初のテレポートの説明などは堅苦しいものの、その後は読みやすい。恋愛小説としての要素もありますかね。読み終わると再読したくなる話です。

まとめ

解説とかで「計算SF」と書かれてるように、計算が得意な人にはより楽しめるかもしれませんがそれなりに想像力を働かせないと分かりづらい部分もあります。でもそれ以上にSF的な発想、ビジュアルの楽しさがあるので、おすすめのSF短編集です。

 

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