麻耶雄嵩「鴉」の感想。

本格推理をよく知らない私が手を出していいのかわかりませんが、率直な感想。

まず、主人公の名前が珂允(かいん)で、弟が襾鈴(べる)。弟の死の謎を解きに珂允が向かったのは文明から孤絶した山奥の村で、村人はみんな和服を着ている。テレビはおろかガス水道もなく、電気が通ってない。で、探偵役の名前がメルカトル鮎。

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特殊な舞台設定ですが、ふざけている訳ではなくて大真面目な小説。

まあ、隔絶した地域が舞台というお話は金田一耕助シリーズにありますし、最近ではドラマの「トリック」のおかげでわりと一般化していると思うので違和感はないかも知れません。

それでも、曲がりなりにも現代が舞台なのに電気も水道もないままそれなりの人数の人々が暮らす場所が日本にあるというのはなかなか大胆な設定だろうと思います。今(2018年)現在、アマゾンの密林で新しい部族が見つかったという話はありましたが、狭い日本でそういう話は聞いたことがありません。

それはともかく、珂允が弟の手がかりを追って舞台となる謎の村にたどり着くと、突然カラスの群れに襲われてしまい意識を失います。そこを村人の千本頭儀(せんぼんかしらぎ)さんに助けられ、そのまま彼の家にやっかいになりながらこの村で過ごしていくことになります。

千本さんとか変な名前ですが、この小説の人々はだいたい妙な名前です。それがこの小説ならではなのか、麻耶雄嵩はみんなそうなのかはわかりません。

肝心の小説は、主人公が人里離れた農村に迷い込んで生活する、あまり推理小説っぽくない雰囲気で進行します。弟の行方を探る主人公の行動もあまり積極的なものではなく、なんとなく時間が過ぎていくように思えるそんななか、立て続けに殺人事件が発生。

で、疑われがちなよそ者である主人公が身の潔白を晴らすためにも犯人を探し始めるわけです。

この小説で種明かしをするのはメルカトル鮎なんですが、かれは終幕を除いては時々出没して意味ありげな言葉を発するだけで、探偵役として主に動き回るのは主人公。それと、村に住む三人の子供。かれらもまた独自に犯人探しをしていて、主人公と交錯します。

結論から言うとちょっと失敗作なんではないか、と思いました。

名探偵があまり出てこず、辺鄙な村が舞台という店で島田荘司の「竜臥亭事件」に似ているところもあるんですが、あちらは同じようにけっこう無茶な話のなかに、突如実在の事件である津山三十人殺しのルポルタージュが混ざっていることでよくわからない迫力が生まれていましたが、こっちはそういうアクの強い部分がなく、舞台設定やトリックの危うさだけが浮いて見えるように感じます。

もうひとつ、劇中で起きる殺人事件の真相についても、舞台が隔絶された村に設定されていることもあり、どうしても何もかもがミステリの枠組みの中で進行しているようにしか思えない。これがこの小説の一番のポイントだと思う。そして、わたしが面白いとは思いながらもいまいちのれなかった部分かも。

村を牛耳る宗教の話とか、ミステリ以外の部分でなにか関心を引くところがあってもいいのに、この本では舞台がが意図的に作り上げられた架空の村に限定されているためかすべてがミステリとしての舞台装置にしか思えない。現代に存在する未開の集落というそれ自体が興味を惹きそうな舞台でありながら、あくまでもミステリの舞台装置としての意味しか持っていない。

これがいいのか悪いのかはよくわからない。純粋な本格ミステリとしては、こういう設定がむしろ好まれるのかも知れない。というか当たり前なのかも。孤島とか、密室とか、隔絶された館とか。

ただ、そのせいでなにもかもがウソっぽいというか、夢のようというか。終盤は結構激しい展開になって面白いんだけど、何もかもが絵空事のようで切実な感じがしない。

例えばこの小説のひとつの核である弟の死。珂允と襾鈴という名前からして弟殺しの犯人は兄だろうと予測がつくのですが、ジャンル的にはそのへんをどう処理するのかが気になるところ。その結論についての提示の仕方は、はっきり言ってフェアじゃないと思う。ただ、優れてジャンル的ではある。このあたりがなんというか、読んでいてミステリという枠を意識してしまう。

で、これがすごく評判がよかったということを考えると、つまりわたしは本格ミステリ「だけ」というのがあんまり好きじゃないんだろう。ジャンルから逸脱していないと面白くない。

まとめ

一見ミステリではないように思わせながらも、非常にミステリらしいミステリだった。

わたしは殊能将之という作家が好きで、個人的には推理小説というより、それ以外の部分が好きだった。なので、「ハサミ男」はもちろん面白い小説だったけれど、個人的にはそれよりも「黒い仏」そして「鏡の中は日曜日」さらに「キマイラの新しい城」が好き。推理小説としてはいろいろ突飛なところがあるけれど、それ以上に描かれる人と人とのつながりのズレなんかに魅力を感じる。

そして、「鴉」にはそういう魅力が感じられなかった。主人公、その妻、襾鈴との関係や人里離れた村という舞台など、文体も含めて一風変わったものに思えるけれど、結局は(トリックなどの面で現実的にはやや無理のある)本格ミステリになってしまっている。

だから、悪いというのではないんですけどね。でも肝心の種明かし部分、赤と緑と黒の色彩感覚については面白いと思いましたが、主人公と弟の関係が暴かれるところは完全にズルいと思う。

でもまあメルカトル鮎という人物は面白そうなので、いまさらなのかもしれませんがいろいろ読んでみたい。