今更ですが、「ナルコス」シーズン1の感想。ネットフリックスオリジナル。
コロンビアのかつての麻薬王パブロ・エスコバルの半生を描いたドラマで、同時にコロンビアが麻薬王国になる過程も描かれている。
コロンビア=麻薬でかなりやばいというのは現在の常識になっていますが、このドラマで描かれている時代は今ほど悲惨な状況じゃなかったようです。ドラマの主人公はアメリカDEAの職員で、彼が派遣されている事自体かなりの問題だったのは間違いないですが、現在見聞きする血で血を洗うような組織同士の抗争やそれに巻き込まれる一般市民、といった手に負えない自体にまではいっていない感じ。
このドラマでは、半分を麻薬王エスコバルの日常、残りの半分をそれを追う側の追跡劇にして、当時のコロンビアの状況、およびエスコバルの成り上がりの過程を教えてくれます。
わりかしマイルドな麻薬ドラマ。
このドラマの特徴としては、わりとマイルドにコロンビアが麻薬大国として成り立つまでの過程を教えてくれる点が上げられます。
ネタがネタだけに過激な描写や殺人は当たり前のように登場するのですが、なんといいますか、想定していたほどのヤバさではない。現在麻薬絡みで目につくのはメキシコで発生している残虐な事件が多いので、それと比べると比較的おとなしく見える、というのもあるかもしれません。あと、どちらかというと指示する側のパブロ・エスコバルの生活に焦点があたっているので、実行犯が起こす残虐な事件自体にはそれほど目が行かない、というのもあるかも。それでも、容赦なく人質を射殺したり、飛行機を爆破したり、むちゃくちゃやってるのは確かなんですが。
もっとも穏やかに感じる一番の理由は、このドラマのそこかしこで挿入される主人公であるDEA職員のモノローグですね。
このモノローグが、ドラマ全体を過去のものとして、事後に回想するような格好で挟まれるわけです。見ている側としてこれによって状況説明がされるので事態を把握しやすくなるのですが必然的に当事者として感じる緊迫感や没入感は阻害されます。
もう一つは、主人公であるDEA職員の特権階級的身分ですね。劇中で説明がありますが、かつてコロンビアに赴任していたDEA職員が麻薬密売組織に殺されるという事件が起きた際、アメリカが総力を上げて事件を追求し、結果として密売組織に多大な損害がでたという出来事があったようです。それ以来、少なくともこのドラマの中ではDEA職員はある種の治外法権を得たというか無敵の存在みたいな感覚があり、突っ込んだ捜査をしても現地の職員にくらべ割と死ににくい。テロが横行し、地元警察官も買収されている中で、主人公がDEA職員というのはかなり安心感があります。
じゃこの穏やかさがドラマとして欠点となるのか。
マイルドなのがかえっていい要素になってる。
普通だったら、こういうのは無駄に緊張感を削ぐ要素として排除すべきだと思います。パブロの台頭にしても、DEAとの追いかけっこにしても、ナレーションでの説明が必要なほどややこしいわけではない。たとえば同じ麻薬戦争だったら「トラフィック」なんかはナレーションを廃してもっと複雑な話を描いていたと思うし、「シリアナ」もより前提が必要とされる話をナレーションとか抜きに描いていた。
じゃ、このドラマはナレーションを入れたりしたことで退屈なものになっていたかというと、そうはなっていません。
何故かと言うと、そもそもが麻薬密売組織vsコロンビア政府&DEAというガチンコ勝負が題材になっていて、必然的に際どい描写が出てくる構造上、このナレーションなどが逆に程よい距離感を生んでくれているからです。この内容で主人公、あるいはパブロになりきって見ていたら、疲れてしまいます。その神経集中をナレーションが程よく緩和してくれている気がします。
あとこれが映画ではなくてドラマであるというのも大きい。全体で2時間程度の映画なら、ある程度神経を張り詰めていても耐えられる。しかし連続もののドラマで、全編に渡って緊張が続くというのはどうも見ていて疲れすぎる。ましてネットフリックス。気に入ったらイッキ見するのが当たり前になりつつあるメディアで、1時間フルに神経を昂ぶらせる映像を続けてみようとは思いません。そういう意味でも、このドラマはあえて対象から距離を置くスタイルを取っているのかな、と思いました。
麻薬がいかに儲かったのかがわかるパブロの破天荒な行動。あとアメリカとコロンビアの微妙な関係も見どころ。
もちろん内容としても面白く、パブロ・エスコバルがメデジン・カルテルを組織していく過程と、その衰亡の入り口までが一気に描かれているのでシーズン1の10話で歴史の勉強になります。
なぜパブロがここまで大物になれたのか。本人の資質もあったでしょうが、要するに麻薬があまりにも儲かりすぎたんですね。最盛期はひと月6000万ドルの利益があったとありましたので、半端じゃないですね。原料はただみたいなもんだから、ある意味中東の石油大国と同じ利益構造だったと考えて間違いないと思います。
あまりにも儲かった挙げ句パブロは金に飽かして国会議員の地位もに入れますが、流石にまだ腐敗していなかった国から拒否され、辞職します。その後、政治家を目の敵にするようになっていく。この辺、選挙で大敗してテロを起こしたオウム真理教を連想してしまいます。ドラマでは国民に恩返しがしたいという本心と、(汚れた金では)まっとうな方法でそれが叶わなかった屈折みたいなものが見て取れましたが、単に自分の金を正当化する目的もあるようで、実際はどうだったんでしょうね。
メデジン・カルテルの場合、半端ない金があるのでその行動もあまりにも強烈です。買収できるところはすべて買収。自分たちの脅威になりそうな政治家は容赦なく暗殺。結果的に政府との間で半ば戦争状態に陥り、テロ組織と化してしまいます。
その後も不毛な抗争を続けた挙げ句、人気キャスターであり、元大統領の娘という人物が殺害されるという不幸な事件が起き、ついに政府が折れる形で抗争は終結します。
一応、かっこうとしてはパブロが出頭して刑務所に収監されることになるのですが、その内実がすごい。
まず、最もカルテル側が恐れていたアメリカへの引き渡しはなくなります。パブロは微罪で立件されることになり、そして収監される刑務所はなんとパブロの主導で建設されたもので、中はパブロの設計通り、サッカー場もあるし娯楽施設も何もかも揃っている。しかも、この刑務所の3km以内には警察の立ち入りが禁止されている。
要は、形だけ政府の顔を立てて、結局はカルテル側の勝利に終わったわけです。政府としては刑の厳しいアメリカへの引き渡しが最終目標だったんだけど、事前にそれをしないと約束してしまっている。さらにコロンビア政府とアメリカ側との微妙な力関係もこのドラマの面白いところです。コロンビアからしたら、アメリカのDEAはちょっと鬱陶しいよそ者。できれば内々ですべてを処理できればそれに越したことはないわけです。その結果、アメリカの強めの要請を断ってパブロの要求を受け入れることになった。
たぶんシーズン2もかなり面白い。
このドラマはシーズン3まで放送されてて、シーズン4も放送される予定になっています。シーズン3では撮影中にロケ班ディレクターが殺されるという事件も起きてたりして、麻薬ってこわいなぁと思いますね。
シーズン1の最後は、そうはいってもだまっちゃいられないDEAが半ば強行的に捜査を開始して、刑務所で殺人が行われた疑いを理由に強制捜査を目論みます。
メデジン・カルテル興亡物語のうち、シーズン1がその台頭だとするとシーズン2は没落の物語になるはずで、ドラマ的にはこちらのほうが面白い要素が出てきそうです。
シーズン1を見ていると、扱っている題材に対してまったりしたムードが心地よく、なんとも不思議な感覚のドラマでした。Rodrigo Amaranteのテーマ曲も、がっついてない感じがいい感じ。
ナルコスっていうのは密売人っていう意味なので、パブロ以降も別の題材をテーマにドラマは続いていくんでしょうかね。このスタンスであれば悲惨な出来事を交えつつも興味深く見られそうな感じです。まあ、なんていうのか練り込まれた脚本とか常に次回への引きをつくるドラマとは違い、史実があるのであくまでも事実に基づいて構成しました、というか。そのスタンスが逆に余裕を生んでいるというか。
日本人声優がスペイン語をスペイン語のまま発声する面白さ。
あと面白かったのは吹き替え。このドラマは英語とスペイン語が入り乱れるのですが、日本語吹き替えの場合英語の部分が日本語になり、スペイン語はスペイン語のまま字幕付きで放送されます。でこのスペイン語ですが、一部は日本人の声優がそのままスペイン語でしゃべっているのです。たぶん原則として英語とスペイン語どちらのセリフもある人物の場合はスペイン語も声優が吹き替えているのかな、と思いますがどうだかわかりません。時々そうじゃない箇所もあったような。
なかなか面白い試みだと思います。ネイティブではない人の発音による違和感よりも、吹き替えと言語音声で声質が変わりまくる違和感のほうが大きいという判断だと思います。これがドイツ語とか英語とかだと細かい発音の違いが気になって難しいと思いますが、イタリア語とかスペイン語は、発音がラテン語とかローマ字発音に近いので日本人声優が発音してもあまり違和感ないようです。