メキシコの学生が43人失踪した事件を追求したドキュメンタリー。
メキシコといえば、麻薬抗争がらみでしょっちゅう行方不明者がでたり人が死にまくったりしている恐ろしい地域がある印象。その一方で、ふつうに観光に行ってなんの危険も感じなかったという人もいるし、何年かそこで働いていたけど全然普通だったという人もいるし、よくわかりません。
このドキュメンタリーではとくに麻薬絡みではなさそうな事件を取り上げているます。メキシコの失踪事件というのがいったいなんなのか、全体像が見えてくると思います。
いろいろと情報量がおおく、事件周辺の概況をしらないまま見ると意外に感じる点も多々ありますがすごいディストピアSF感を感じてしまうお話です。これを極端に描くとオーウェルの「1984年」になるのかな、という感じです。
デモに参加するためにバスを乗っ取った学生たちが失踪。
事件の発端は、学生の抗議運動。アヨツィナパにある教員養成学校の学生たちがデモ活動のためにバスを数台「乗っ取り」、メキシコシティにむかうところから始まります。
まず学生がバスを乗っ取るというのはいったいどういうことなのか。
メキシコシティでは毎年政府に対する抗議集会が開かれていて、アヨツィナパの学生たちは定期的にこれに参加していたようです。学生たちが政府に対する抗議活動をするのは普通のことみたい。
そして学生たちには大人数で移動する手段がないので、毎年、バス数台を非暴力的に収奪して、そのバスでメキシコシティまで行っていたということ。
アヨツィナパの生徒は貧しい農村の若者で、学校の職員も学生も、かなり左よりだということ。生き残りの学生がバスは穏やかに乗っ取った、といってましたが、覆面をしたり投石用の石を持っていたりしたようです。
で、そのバスが夜間パトカーに止められる。そしていきなり銃撃を受ける。1人の学生が頭を撃たれ倒れますが銃撃はやまず、やがて学生はバスから強制的に降ろされ、43人がパトカーにのせられ連行される。これが、アヨツィナパの学生失踪事件の幕開きです。
失踪した学生たちの行方、失踪した理由。
このあとは大まかに3つの謎が追求されていきます。
ひとつは、いったいなぜ学生たちが銃撃され、連れ去られたのか。
ふたつめは、だれが襲撃を指揮したのか。
みっつめは、メキシコ政府の関与はあったのか。
結局、連れ去られた学生は全員死亡しており、償却されて骨片となって発見されます。ただし、それについてもどこでどのように死亡したのか、明確なところはわかりません。
全体を通じてよくわかるのは、メキシコ当局の都合の悪いことを隠蔽する体質と市民をないがしろにする態度。
これはメキシコに限ったことではないと思いますが、情報の隠蔽と不正な、ずさんな捜査が政治の腐敗を招くんだなというのがよくわかります。
ただし、メキシコではそれに対する抗議活動やデモも盛んなのでまだ希望があるのかもしれません。それらがすべて弾圧され政府の力が大きくなりすぎると、北朝鮮や、オーウェルの「1984年」の世界みたいになりそうです。
市民にたいする公権力の執行という点でも結構雑というか、なかなか恐ろしい国だと思います。銃の使用に対するハードルがすごく低いみたいで、この事件でも学生たちがのったバスだと勘違いされた少年サッカー団のバスが銃撃されて、死人が出ています。
もちろん麻薬組織も平気で攻撃してくるでしょうし、事件やなんかとなんの関わりもない市民がとばっちりで死んでしまうこともあるのは怖いですね。日本でもそういうことはありますが、メキシコでの失踪事件数は桁が違います。
映像中でも強制失踪という言葉が出てきます。これは国家権力による拉致のこと。また、失踪史家という聞き慣れない肩書も登場し、メキシコ=失踪という印象が強まります。
事件の首謀者はだれなのか。
結局だれがやったのか、という点ですが、最初は銃撃のあったイグアラ市の市長が首謀者だった、ということになります。
イグアラ市は暴力事件の絶えない町で、そこの市長夫妻はマフィアとつながりがあり、学生たちが夫人のパーティ妨害を企てていたため夫妻の指示で銃撃が行われた、という調査結果が報告されます。
しかしその調査自体、ずさんなものであると指摘され、どこまで信用できるものなのかわかりません。学生たちはゴミ焼却場で深夜に焼却した、というマフィアの下っ端がでてきますが、科学的な調査によると43人の人体を見つかった骨片になるように完全に焼き切るには30,100キロのタイヤを60時間燃やし続ける必要があり、さらに焼却したとされる日は土砂降りだったとかで、どこで焼却したのかは不明。
政府はイグアラ市で数人を捕まえて、彼らが犯人だったと発表します。
が、あるジャーナリストによればもちろんこれも嘘。政府は拷問によって自白を引き出し、自白したから犯人、として「歴史的事実」をでっちあげる。冤罪だろうが、犯人同士の証言が矛盾しようがお構いなしだそうです。犯人とされた人たちは、収監中に怪我が悪化したり、違法な拷問を受けた証拠があるそう。ここまで来るといよいよディストピアSFめいてきますが、独裁政権が統治する国なんかではけっこう当たり前な光景なのでしょう。
捜査が進むにつれ、実は学生たちが出発当初から陸軍に監視されていたという事実も明らかになります。
明らかに当局が関わっているということはわかるものの、具体的な実行犯や真相がわからないまま時間が過ぎていきます。
バスに積まれていたとされる大量のヘロイン。
そして、明らかになるもう一つの驚き。
ジャーナリストが調べたところ、政府の調査記録を見ると、どの証言でも言及されているのは2台のバスのみ。主に銃撃を受けたのもその2台で、失踪したのもその2台のバスに乗っていた43人。
報告書に書かれていたのはバスのナンバープレートで、学生の人数も、名前にも言及されていない。まるで、最初から監視対象が学生ではなくバスだったかのように。
実は、学生が乗っ取ったバスのうち2台には、200万ドル相当のヘロインが積まれていたのでした…。
ここにきてやっぱりマフィアも関わっていることがわかりました。そして、マフィアと陸軍が通じていることも。
事件の前後、メキシコのマフィアとアメリカはシカゴのマフィアとの間で盛んに通信が行われたことがわかっています。メキシコマフィアはバスに積まれた麻薬をなんとしても回収するよう軍に支持し、それによって軍がバスを襲撃したということです。
事件の真相は?
軍は学生に麻薬の存在を知られたのではと恐れ、単に学生を解散させるだけでなく拉致し、殺害した。
証拠がないので推測も混じりますが、これが事件の背景のようです。しかし具体的にだれが拉致を支持し、だれが殺害を決定したのかは不明のまま。
失踪史家によれば、大統領が殺害を決定したといいます。なぜなら強制失踪であれば、その罪はずっと続き時効も成立せず、露見すれば人道に対する罪で国際裁判にかけられる。それに比べたら、ほかに責任を押し付けて殺人として処理したほうがましだったのだ、と。
結局、調査を担当した専門家チームも解散させられ、真相はわからないまま。いまも真相解明、学生の開放を求める声はやみません。
そして失踪事件に対するみんなの考え方がかわる転機になった事件だということです。
まとめ
でも、規模の大小、対象の違いはあれ、政治的隠蔽の発生の仕方というのはどこの国でも同じようだと感じました。
日本でも転び公妨とかあるし、国策捜査もありますし、権力の行使がどこまで公正に行われるかは案外あいまいな部分があるのかな、と思いました。
それにしても失踪事件が多くてメキシコは怖い。自分が麻薬や犯罪に近寄らないようにしていても流れ弾にあたることがあります。観光に行くなら田舎や人のいないところは避けて、アカプルコとか観光地周辺に限ったほうがよさそうですね。一人旅とかで見知らぬ土地をフラフラしてたら危なそう。