「哀しい獣」の感想。勢いのある韓国フィルム・ノワールの良作、分かりづらい点はあるもののおすすめ。

評判のいい「哀しい獣」を観ました。

全体的に観て、確かにこれは面白い映画でした。とくに前半。人生に行き詰まった男が人殺しの仕事を請け負って韓国に渡り、依頼を遂行すべく調査を進めるあたりはすごく面白く、良質なフィルム・ノワールだと思いました。

主人公は北朝鮮、韓国と隣接する中国内の延辺朝鮮族自治州(えんぺんちょうせんぞくじちしゅう)というところに住み、タクシー運転手をしているグナムという男。

運転手として働きながら、毎晩のように賭けマージャンに稼ぎを突っ込んですっからかんになる主人公。その生活ぶりもなかなか荒んでいますが、さらに主人公の奥さんはわざわざ借金までして韓国に出稼ぎに行ったもののその後音信不通となっていて、主人公には幼い娘と6万元という借金だけが残っています。

そういう境遇の主人公にミョンというヤクザが目をつけ、借金棒引きをタネに韓国での人殺しを依頼します。

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延辺朝鮮族自治州に住む人生のどん底にいる男が主人公。

朝鮮族自治州ってどういうところか知りませんが、白頭山があるのは有名だと思います。この映画では、その中でも全体的に薄汚い、低所得者層が多く住んでいそうな部分を描いていて、そのロケ地や使われる部屋の生活感あふれる感じが素晴らしいと思いました。

中国内にある地域ということで、そこに住む朝鮮族というのは中国人からするとややよそ者、嘲りの対象であるという描写がありました。

さらに、韓国側からみても中国に住む朝鮮族は外国人?に相当するわけで、主人公は韓国国内でもやはり朝鮮族として哀れみの対象とされ、暗殺のターゲットからは浮浪者と勘違いされこれでサウナにでも泊まりなさいとお金を恵んでもらう始末。

このように、主人公のどん詰まりの境遇が映画になかなかの重みを与え、全体のトーンを引き締めてくれています。

主人公の風貌や性格もこの境遇を体現しているようで、長身で坊主頭、無口で何を考えているのかよくわからない、リアルにいそうな感じがしました。みているうちに、だんだん田中邦衛に見えてきました。

韓国に渡る前後のシークエンスもよかった。乱暴な形で密入国させられるのですが、裏社会の荒々しい人あしらいがテンポよく活写されていたと思います。

グナムは与えられた住所と名前から殺しのターゲットを見つけます。しかしこいつはマンションの6階に住んでいて、そこのエレベーターは5階どまり。6階に続く階段は施錠されている。帰宅は夜遅く、運転手付きのBMWで帰ってくる。どうもワケありの人間の用です。

前半はフィルム・ノワールの傑作。

グナムが彼と接触するため、限られた時間の中で準備、調査をする場面は文句なく面白い。調査といっても、近くのコンビニや近隣のマンションからマンションを監視して隙を探るだけなんだけど、1月の韓国の寒空の元でカップラーメンやソーセージを頬張りながらひたすら立ち尽くす主人公の姿が無駄なく映し出されます。

この辺、「フレンチ・コネクション」を思い出させます。あれは主人公の執拗な調査が際立つフィルム・ノワールの傑作でした。

グナムはその合間に、消えた奥さんの捜索も進め、かなりのところまで足取りを掴みます。ただしそのせいでタイムリミットぎりぎり。帰りの船が出る当日になってしまう。

主人公の殺人遂行直前から、物語がちょっと違った方向に動き出します。タイムリミットが迫るなか、決行を決めてターゲットの住むマンション前で待つグナム。そこに現れたのは怪しい二人組。実は彼らもまた同じ標的を狙う殺し屋だったのでした。

ここからさきは、犯人として指名手配されたグナムの逃避行だけではなく、殺されたターゲットの素性と、かれの弟分にあたるヤクザ社長、さらにグナムに殺人を依頼したミョンまで登場してなかなかに複雑な物語が展開します。

グナムに殺しを依頼したのはミョンですが、もうひとり、別に殺しを依頼していた人物がいたことになります。ただしそれが誰かは映画中ではかなり後半までわかりませんし、それがだれか、というのはそもそもあまり映画の流れに関係ありません。

ノワールらしいといえばそうなのかもしれませんが、背景にある込み入った人間関係を解きほぐすのではなく、そういう社会に翻弄されつぶされていく人のありさまに焦点があたっているようです。そういう点では、やっぱりこの映画はよくできていると思うし、背景の複雑さやそれがあまり説明されないことについてはあまり不満を感じません。

ただし、人物が増えることで主人公の印象が薄れてしまうことは確かです。

というより、後半から登場する第二の主人公ミョンが強力すぎていいところをみんなさらっていってしまう感じ。

後半に入るとヤクザ・エンターテイメント映画が混ざってくる。

一人で暗闘するグナムの物語と、ミョンとヤクザ社長のヤクザ抗争が並行して語られて、もちろん2つは交差するもののどうしても最初の暗暗しい雰囲気は薄れていきます。

とくに、ミョンのありえない強さとか、ヤクザ社長周辺の全体的な設定とか、そのあたりからノワールがステロタイプのヤクザ映画を取り込んだエンターテイメント映画に変化した雰囲気があって、ちょっとしたユーモアも感じられるようになります。それはそれで、やっぱり勢いが感じられていいのですが。

個人的にありえないだろ、と思ったのは主人公の以上なまでの突破力です。マンションの5階で社長の死体を発見し、そこにパトカーが急行。10台以上のパトカーと10人以上の警官に追いかけられることになります。

しかも最初はビルの踊り場にいて包囲されている状態で、そこからパトカーの屋根に飛び降りるんです。もちろん周りは警官だらけ。

でも、逃げ切るんです。なんで?なんで逃げ切れるのかよくわかりませんが、どうも走ってグナムを追いかける警官と、グナムを追うパトカーがうまいこと邪魔し合う感じになって運良く逃げられたように撮られています。

その後、港でミョン一派に追いかけられる場面も。なんだかんだでミョンにも狙われる立場になった主人公、包丁をもった10人くらいの男たちに追いかけられて、ほとんど掴まれる寸前くらいの距離感で船に乗り込んで狭い船内を逃げ回るのですが、ここも映像的にはすんでのところで逃げている感じはしますがふつうに考えて無理だろ。と思ってしまう。

いろいろと面白い場面があります。

無理だろとは思いますが、逃げている途中のドア越しの攻防や、その前の東京行きのコンテナに閉じ込められそうになった時の包丁使いなど、みどころがいろいろあってやっぱりおもしろい。

さらにその後、グナムは船から海に飛び込んで、トラックに乗り込んで逃げる。そこで、下っ端ヤクザは船を逆戻りしてグナムを追いかけに行きますがミョンだけは方向が違うだろ、と言って自らも海に飛び込んでグナムを追う。

ここも含め、主人公にとっては敵でもあるミョンが第2の主人公として存分に魅力を発揮しています。何しろ、強い。

最初にその強さを発揮するのはホテルのスイート・ルーム。ホテルにいるミョンをヤクザ社長が手下を送り込んで始末しようとするのですが、あっという間に返り討ちにします。それも雑魚じゃなくて、ヤクザ社長の一応は片腕っぽいポジションにいるやつと、さらにその部下2人を1人で相手にする。

ここは具体的な戦闘描写をせず、ドアの向こうでどたんばたんと音が聞こえてドアを開けると血まみれの斧を持ったミョンが立ってるという演出ですが、これは圧倒的な強さを感じさせていいです。

その後はさらにすごく、1人で包丁もった多数の相手を全滅させる。そこに至るまでに数度傷を負うものの死なないという「男たちの挽歌」じみたところもすごい。

ただ、こういうところからもわかるように、最初のストイックなノワールらしさは変質しています。いかにも韓国暴力映画っぽい荒々しさ、ストーリーもなんだかよくわからないけど主人公の突破力とミョンの強さと勢いで乗り切るようなところがあって、不思議な面白さを持っている映画だと思います。

最後はどういうことなのか。結末含めよくわからない点が多い。

主人公の奥さん、殺しのターゲットになった教授の奥さん、銀行の課長。この3人がなんなのかいまいちよくわからないところです。映画を観ていてもわかりません。ようするにすべて不倫が関係しているということらしい。主人公が聞き込みをしていた焼肉屋でもいわれてましたね、この中に夫婦が何組いると思う、余計なことに首を突っ込むなって。

でも、いきなり銀行員が登場してもあんた誰、という感じで、よくわかりませんでした。そもそも教授の奥さんも出番が少ないのでだれなのか見分けがつかない。

ただ、主人公の奥さんが最後自治区に帰ってくるのはどうなんだろう。たしかに殺されたとされる奥さんの身元を確認する場面では、本人かよくわからないとされていましたが、その前の情報を総合すると殺されたのはほぼ間違いなく奥さんだったはず。そこで秘密やトリックがあるような描かれ方はしていなかったし。

じゃ、最後に帰ってきたのはだれだったのか。

そのあたりのわからなさが、この映画の欠点を象徴しているように思います。つまり裏の複雑な人間関係がまったく整理されずに、混乱したまま提示されている。

まあ、先に書いたようにそこを見る映画ではないということなんだろうけど、やっぱり気になりますね。

まとめ

「LAコンフィデンシャル」みたいな完璧と思える傑作ではないけど、その分粗削りの魅力がある韓国映画らしい映画だと思いました。後半の展開は好みが分かれると思いますが、なんとなく観ていても結構引き込まれます。最初は空いた時間を30分だけみるつもりだったのが、つい全部観てしまいました。

結局、最終的にはでてくる全員が不幸になるという悲惨な物語でした。

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