「オール・ユー・ニード・イズ・キル」の難易度は

トム・クルーズ主演の「オール・ユー・ニード・イズ・キル」がテレビでやってたので二度目だけど見てみた。

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ゲーム的な展開

この映画では主人公のトムは死んでも復活しちゃう能力を身につけてしまい、戦場で何度死んでもちょっと前の時点からリスタートすることになる。死んでは復活を繰り返すうちに徐々に敵の配置や行動パターンを覚えてより先に進めるようになり、さらに戦闘に勝利するための方策を考える時間も得られ、死にまくりながら目的達成に近づいていく。

確かにこの設定はとてもゲームらしい。死にまくり、何度もコンティニューを繰り返してようやくクリアできる激ムズゲームそのものだ。最初は数分も持たずに死んでいた主人公がそのうち顔色一つ変えずあらかじめ敵の現われる位置に向かって攻撃を仕掛け殲滅していく様子は、最初へタッピだった人が鼻歌歌いながらクリアできるようになるのと同じだ。ただこの映画ではルート選択も重要で、間違ったルートを進むとどんなにがんばっても行き止まりになってしまう。正しいルートもやはり死にまくりながら探さなければならないので、さらに難易度は高い。とか思いながら見ていたが、その後どうしても気になる展開になる。

ゲームとしてはあり得ない展開

それは主人公が途中で復活能力を失ってしまうこと。しかもそのタイミングは、ゲーム的に言えば最終面のスタート地点だ。そんな最後の最後で、一回ミスったら即ゲームオーバーとはちょっと酷いのではないか。それも、ここまで数え切れないくらいやり直してようやくたどり着けたくらい難しいゲームなのに、その最終面でノーミス強要とは。ゲームとして設計が破綻しているのではないか。「最後の忍道」というゲームで、最後のボスにたどり着く直前で洞窟内の長い長い縦穴を落下していく箇所を思い出した。落ちていく途中には大量の刀を持った忍者がいて、ちょっとでも触ったら即死。理不尽なくらい難しかった。それでも、「最後の忍道」は何回も死んで敵の配置を覚えることで何とかボスまでたどり着けたが、そこで一回でも死んだらゲームオーバーだったらたぶん発狂してた。でも、この映画だとそういうことですよね。

一体何故こんな非道い仕様にしたのだろう。ゲーム云々抜きにして観ても、あのあたりは敵地に向かう飛行機?が敵の攻撃を受けたりして、一発食らったらお終い的なかなり運任せな作戦だし、だいたい敵も凶暴なやつがうじゃうじゃいるし、そこで復活能力がないっていうのはドキドキ感がますよりは無理だろ感を感じてちょっと冷めてしまう。お話的には、いつまでも復活できるとスリルもなくなるしこんな風にせざるを得ないんだろうけど。

「オール・ユー・ニード・イズ・キル」はけっこうヌルい

なんでかなあと考えていたら、わかった。「オール・ユー・ニード・イズ・キル」は、実は激ムズゲームではなくて普通のゲームで、それも難易度「ふつう」でのプレイなんだ。何度死んでも蘇るのも、ラスト以外コンティニュー無制限というぬるいゲームだからなんだ。

ゲームによってだいぶ条件は変わるが、ラスト手前を初回ノーミスでクリアできるとなると、もともとそれほど難しいゲームではないだろう。それも難易度設定を「ふつう」にしてある。それなら、ゲーム慣れした上手なプレイヤーなら反射神経と多少のごり押しでなんとかクリアできる。これがもともと激ムズといわれるゲームだったとしたら、どんな上手い人でも初回ノーミスは不可能だろう。つまり「オール・ユー・ニード・イズ・キル」はPCエンジンの「オーバーライド」くらいの難易度で、決して「イメージファイト」のような激ムズゲームではないんだ・・・。

それでもトムが死にまくっていたのは、トムが下手くそだったからだろう。何度も死んでようやく上達し、一発死ゲームオーバーのラストステージをクリアできるようになった。ラストのみ一回のミスでゲームオーバーとなるのはちょっと厳しいきもするが、それもここまでたどり着けた人ならがんばれば十分クリアできる程度の難易度設定になっているはず。それにトムは軍の広報部だったかの所属で戦闘経験はないわけだから、もともと下手で当然。もし、トムではなくてスタローンとかステイサムとかそういう人が復活能力を身につけていたら、もっとあっさりクリアしていた可能性がある。

あるいは、これはAIによる難易度調整付きのゲームで、主人公のレベルにあわせて動的に難易度を変えていたのかも。その可能性もあるな。でも個人的には、難易度固定のゲームの方が好きです。

そんなくだらないことを考えながら観ていましたが、2回目は1回目よりも面白くみられました。

  • オール・ユー・ニード・イズ・キル
  • (EDGE OF TOMORROW)
  • 監督: ダグ・リーマン
  • 2014年
  • 上映時間 113分