「クリーピー 偽りの隣人」の感想。黒沢清らしさはやはりそこらじゅうに溢れている。見た瞬間怪しい香川照之のいい演技。

黒沢清のホラー映画。

けっこう酷評されてもいるようだけど、面白いと思う。少なくとも、原作付きの黒沢清映画では「リアル 完全なる首長竜の日」よりは面白い。

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大まかな感想。

不評の原因は、多分ちょっとした飛躍とか、ご都合主義的な部分が少なからずあるからだとおもうけど。そこに目をつむれば最初から最後までサスペンスも持続し、わかりやすいストーリーながらも全体に黒沢節も楽しめるいい映画だと思う。

どこをとっても黒沢清印の映画になっている。原作は別にあるんだけど、構図といい、台詞といい、セリフの間といい、ロケ地といい、紛う方なき黒沢清。竹内結子も川口春奈も黒沢清の世界に馴染んでいたと思う。騒々しい香川照之と比べると主人公の西島秀俊は、無表情でまるで演技をしていないかのよう。

黒沢節。とくに、CUREに似てる。

主人公の西島が元刑事で、犯罪心理の専門家で、サイコパスを相手にしていた過去がある。その設定も多少は似てるんだけど、警察署の場面とか主人公の過程での場面とか食事風景とか、ものすごく「CURE」に似ているところがある。例えば西島が川口春奈の取り調べ中、なかなか情報を明かそうとしない川口にむかってつい我を忘れて強い口調で迫る場面とか、「CURE」そのまんま。隣の刑事の制止をいいから、と振り切るところ、「CURE」の役所広司とうじきつよしでまったく同じ場面があった。

まあ、「CURE」と同じなのは「修羅の狼 蜘蛛の瞳」というすごいタイトルのVシネマもそうで、あれは実質的にCUREの続編だと思う。

それ以外は、「CURE」に似ているのではなくて黒沢清らしさが全面に溢れているだけなんだけど、原作付きなのにここまで自分独自の雰囲気を発散させられるというのは、やっぱり個性の強い監督だなあと思いました。原作をかなり改変しているのか、それとも設定は原作通りで、演出だけで独自の黒沢ワールドに仕上げているのか気になるので、今度原作も読んでみます。セリフ回しなんかはどう見ても映画独自のものに思えるけど。

あらすじは、

高倉(西島秀俊)は元刑事。あるサイコパスの取り調べ中にミスをし、人質を殺され、自身も刺されて怪我をした。それを機に退職し現在は大学で犯罪心理学を教えている。で、転職をきっかけに郊外の一軒家に引っ越すんだけど、引越し先の隣人西野(香川照之)がどうみても怪しいやつ。

高倉は警察時代の後輩野上(東出昌大)に誘われ、6年前の日野市一家失踪事件の再調査に協力する。失踪した一家で唯一みつかった娘(川口春奈)から情報を聞き出し、当時の隣家が怪しいと突き止める。その後東出は隣家を捜査し、ついに失踪した家族の遺体を発見する。しかし、犯人と思われていた隣人もまた遺体で見つかった。

じゃ、犯人はだれなのか。怪しい隣人つながりで、高倉は野上に西野の調査をするよう頼む。西野の言動はおかしく怪しかったんだけど、それだけじゃなく、西野の娘(藤野涼子)の「あの人、お父さんじゃありません。知らない人です」という爆弾発言により疑惑が決定的になる。

野上は早速西野について調査し、自宅を尋ねる。出てきた西野を見て警戒する東出。調べていた西野の免許写真とは別人だったのだ。警戒しながらも西野宅に入る東出。奥に入ったまま出てこない西野を追い、怪しすぎる通路を通って家の奥に進む野上。彼が普通の家にあるとは思えない鉄板のドアの向こうに見たものとは…。

西野は他人になりすまし、他人の財産を奪って各地を転々としてきたのでした。6年前の失踪事件の首謀者も西野。「西野」も乗っ取った家族なので、本当の名前はわからない。

やがて高倉の奥さん、康子(竹内結子)も西野に籠絡され、廃人みたいになってしまう。助けに来た高倉も救助に失敗、監禁されてしまう…。

香川=一家失踪事件の犯人なんだけど、大学でたまたま気になった過去の失踪事件を調べていたら、自分の隣人が犯人だった、というのはやっぱりご都合主義的な展開ですね。

あと、竹内結子が籠絡される経緯がいまいち端折り過ぎで、ちょっとそんなにうまくいくかな?という感じはする。謎のあやしい薬(麻薬的なもの)を注射されているので、それによって支配しているんだろうとは思うけど。

まあ、この辺はみていて最低限は筋が通るようにはなっていると思うので、想像力で補っておおらかな気分でみるようにすればいいのではないでしょうか。

この映画の問題点。

個人的に納得できないのは、そもそもの発端となった日野市一家失踪事件。一家で唯一娘だけが存在していて、犯行は隣の家で行われていた。そもそもこれが見つからないっていうのがどうかと思うんだけど。それから、なんで娘の川口春奈だけ助かったのか。修学旅行に行ってたからということだが、わざわざ娘の不在をねらった理由もわからない。娘のうろ覚えの証言で、母も父も兄も、同じ人物と接触していたらしいことが語られるので、何らかの事情あるいは計画があったことはわかるんだけど、それが明かされずに終わるのでもやもやしたものが残りました。川口春奈も中盤で役目を終えて、その後出てこないし。

だれもが想像するのは、実は川口春奈が自らの家族の後始末をさせられていたのでは、それで記憶喪失になってしまったのでは、ということだけど、そうするとなんで彼女が香川と一緒におらず、野放しにされているのかわからない。

それから、西野は日野市の事件だけでなく、同じような犯行を何度か行っているはずなんだけど、そういう人って表向きはごく普通じゃないと怪しまれるんじゃないか。とくに高倉夫婦の引っ越し直後、初めて出会うあたりの言動が怪しすぎて、かえっておかしい。劇中で、本当のサイコパスは一見すごくまともに見えるとか高倉も言っていたけど、西野も最初からそうあるべきだった。引っ越して来た高倉夫妻とごく普通の近所付き合いをするべきだった。それなら、そもそも高倉に日野市の事件に関連して怪しまれること自体なかったし、逆にごくわずかな手がかりから西野の異常性を見つける高倉の能力とか、あるいは西野の娘の不自然な態度がより意外かつ重要になって、映画的にはもっと面白くなったと思う。つまり、あのキャラ作りは失敗だったと思う。香川照之の演技はたしかにうまいし西野は観客をゾッとさせるいいキャラだけど、表面的な、あるいは予告編映えするわかりやすさになってしまっていて、本編のストーリーとは矛盾するキャラになってしまっている。

じゃ、西野=犯人ということがわかってからはどうなるかというと、うすうす感じられていた北九州監禁殺人事件を彷彿とさせる共犯関係が全面に出てきて、実の母を銃で撃つよう強要するとかけっこうエグい。ただ、このパートはちょっと駆け足な感じ。もうちょっと娘の出番が見たかった。

でも、まあよくできていたと思いますよ。ラストは一応、暗すぎる結末にはなっていないので安心できるし、犯人はサイコパスだけどそれを追う側も負けず劣らずの非道い人だという皮肉もあって、まあ楽しめる映画だと思いました。CUREには遠く及びませんが。

その他気になった点。

西野の家の地下室は、どう考えてもあの通路から異世界みたいになっていておかしいんだけど、まいっか、と許せてしまう。あの防音室とか、あれはもともと西野家にあったのか、それとも乗っ取った「西野」が作ったのか。どっちにしても、あそこだけあり得ない感満載でなんか不思議でした。

東出昌大の野上刑事は序盤はどことなく怪しい雰囲気でよかったんだけど、途中で毒気が抜けていい後輩みたいになっていた。

あと笹野高史演じる谷本刑事はなかなか良かった。しかし、野上といい谷本といい、まったく同じパターンで同じ場所でやられてしまうって、もう少し警戒心が必要なんじゃないか。とくに谷本は、西野がやばいってわかってるんだから…。だいたいあの、どうみても普通じゃない、裏世界みたいな通路を歩いている時点で一旦引き返すべきでしょう。

西野の娘(藤野涼子)が、西野に従ったり、逃げたそうにしていたり場面によって態度がかわるのは、西野の支配力の微妙なバランスを感じさせてよかった。

そして常にふてぶてしい表情の高倉。西野の娘を匿ったり、銃にもひるまず妻を助けに行ったり、カッコイイんだけど結局失敗してる。あれ?ってなる。

それから、廃墟っぽさのあるロケ地は相変わらずいい。警察署といい、空き家となった民家といい。草ぼうぼうの中のベンチといい。西野家の周辺なんて、どことなく暗い雰囲気が漂っている。もちろん、そういうふうに撮影しているんでしょうけどね。

まとめ。

多少、おかしく感じる点があるかもしれませんが、そういうことなんだ、と乗り切れる程度の違和感です。不気味な雰囲気は全体に漂っているし、中盤で西野が犯人とわかって以降も、北九州一家惨殺事件を思わせる犯人と被害者の共犯関係みたいなものに軸足が移ってきてダレることなく最後まで楽しめるかと思います。

あと黒沢清ファンはもちろん、西島秀俊と東出昌大がでているので二人のファンにもおすすめできます。

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