「SR サイタマノラッパー」の感想。

エミネムの「8マイル」と一緒にみるとより面白いかもしれない。

「8マイル」の主人公はすでに実力のあるラッパーで、ラップバトルで勝ち抜きチャンスを掴む。普段は工場で働き、家庭環境は最悪で、住んでいる町そのものも貧困地区。

「SR サイタマノラッパー」では、主人公はライブ出場を目指しているラッパーだがラップそのものがテーマなのではなく、ラッパーを目指す若者のまわりに広がる閉塞感やら無力感やら、埼玉の田舎の空気感をうまくすくい上げている。

「8マイル」では、エミネムがラップを武器にが最低な環境を抜け出そうと決意する姿を描いているのにたいして、「SR サイタマノラッパー」は主人公をとりまく環境そのものを描くことが主題で、ラップを取り扱ってはいても「8マイル」とはだいぶ違った印象。コメディ寄りというのもあるけど。

最低な環境といっても、「8マイル」の母親の彼氏が高校の先輩とか、街全体が貧困地区とかに比べるとこの映画で描かれている現実はまだ牧歌的で、親の農業を手伝えばそれなりに仕事はあったり、とりあえず「東京にでてみる」というよくわからないがなんとなくなんとかなりそうなオプションがあったり、埼玉にかぎらず日本の地方の雰囲気がよく出ている。

主人公のIKKUが無職のままで、別段危機感を感じていないのも日本らしい。

立派な持ち家はあるようだし、妹はきちんと学校に通っているし、親のスネで生活できてしまうというゆるさ。それがために仕事もせず、かといってラップに全神経を注いでいるようにも見えず。仲間も同様で、結局ライブにでるという目標は叶わないどころか、組んでいたヒップホップバンド自体空中分解してしまう。

IKKUもしかたなく居酒屋でバイトを始める。そんなことはつゆしらず、かつてのバンド仲間が仕事の同僚と一緒に来店する。もう一度夢を見ようとラップで仲間を誘うIKKUだが、現実を見ろと怒るように拒絶されるIKKU。

エミネムは、もう逃げる場所もなく、幼い妹のためにもラップで戦うしかないと決意していたし、あたり前のこととして工場で働いていた。それと比べるとIKKUたちの立場のおぼつかなさがよりはっきりわかる。といっても、IKKUのような若者のほうがはるかに身近なんだけど。

IKKUの高校の同級生(女子)は、高校を退学して東京でAVに出て、また田舎に帰ってきた。ラストシーンではまた(おそらく東京に)出ていくが、AVに出た理由も戻ってきた理由も不明なんだけど、AV女優と後ろ指さされることも意に介さず、でてくる人たちのなかでは彼女が一番まともに働いて前に進んでいるように見える。暴言を吐かれ馬鹿にされながらも、最後にIKKUが彼女に「頑張れよ」と声をかけるのは、その前向きさに多少感銘を受けたからだろう。可愛いから好きになったというのもあるけど。

「SR サイタマノラッパー」はそういうふうに道の決まっていない、どれが正しい道なのかもわからない若者のやるせなさみたいなのがよくでていたとおもう。埼玉をフィーチャーし、埼玉らしさが全面に出ている映画だということだが、埼玉にいったことがないわたしには日本のどこの田舎にも共通する風景のようにみえました。褒め言葉です。

後、別に暗い映画ではなく、コミカルなシーンもたくさんあるので、気軽に見ても楽しめます。病気のセンパイとか。やっぱりいちばん笑えるのは、「活きのいい若者と交流したい」という役所に紹介されて、市政の関係者を前にラップを披露するところ。その後の質疑応答シーンとセットで、傑作なシーンです。

あとけっこう長回しのシーンも多くて、それが緊張感ある演出ではなくて当たり前のやり取りを間をとって見せる感じで、なかなかいい感じです。一歩間違うとどうしようもなくまがい物めいた絵になりそうなんだけど、そうはなっていない。

続編もでたりテレビドラマにもなったりしているようでなによりです。

  • SR サイタマノラッパー
  • 監督: 入江 悠
  • 2009年
  • 上映時間 80分
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