「雪が白いとき、かつそのときに限り」の感想。今度は現代の高校が舞台の、青春本格ミステリー。作者の持ち味はよく出てる。

「元年春之祭」がおもしろかった陸秋槎の2作目。

元年春之祭は、ちょっとエキセントリックな登場人物の言動やなんかが、二千年まえの古代が舞台ということでかなり正当化されていた気がする。豪族の娘とか、召使いとか、身分のちがいもはっきりしていて、それによる当人たちの意識の違いが明確で、それがまた物語にも関わっていた。

今回は一転して現代の高校が舞台。そして、共学の学校なんだけど、登場人物はほとんど女子で女子校みたいな雰囲気がある。

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現代が舞台の学園ミステリー。登場人物の多くは女性で、ほとんど女子校みたいな雰囲気。

その学校では5年前に生徒が自殺するという事件が起きていた。自殺とはいうものの、他殺の可能性もあったものの、積極的に犯人を示す証拠がなかったために自殺として処理されたという感じ。

そしていま、再びその事件のことが校内で噂になっている。学内で騒動があっては困るし、また5年前の事件に興味もあった生徒会長の馮露葵(ふうろき)は、生徒委員会で寮委員の顧千千(こせんせん)、図書館司書の姚漱寒(ようそうかん)と一緒に、過去の事件の調査を始める。

そしてあらかた調査を尽くしたあたりで、その事件を模したかのような第二の殺人が…。

というお話です。

馮露葵は前作の主人公である於陵葵の、顧千千は於陵葵の召使いである小休の、それぞれ役どころみたい。

少女たちの殺人事件の調査と、青春というには暗い、諦念が入り混じった小説です。

小説としては、ちょっと物事や建物の位置関係がわかりづらかったり、登場人物たちの言動がちょっと唐突感があるような気はするものの、まあいいんじゃないでしょうか。登場人物の中にはほとんど出番のない人たちがいたりして、ちょっと人物造形が薄いような気はします。あと学校の建物の位置関係がちょっと分かりづらい。生徒たちが住んでいる建物が図では「寮」となっていて、本文では「居室棟」となっているのもややこしいので統一してほしかった。

特徴的なのは、少女たちの事件に関わらない会話がだいたい暗いこと。暗いというか、それぞれ自分の才能や人間関係のことで思い悩んでいるようなんだけど、全体的に悲観的。

これは前作でもそうだったので、陸秋槎の好みとか、特徴なのかもしれない。

類まれな才能や、一番であることや、自己を確立するすることへのこだわり。その裏返しとして凡庸の否定、普通であることへの恐れ、自分が何者でもないと知ることの恐怖。それから敬愛する人と友達になれるのかという不安。

確かに高校生あたりでそろそろ自分の限界が見えてきたり、自分と世界の一流選手は違う、ってのがわかってくる早熟な生徒もいるでしょう。ふつうはそれを当たり前のこととして受け入れて、当たり前にその他大勢の一人として生きていくものです。それに、友達が一人いなくなっても、ほかにもたくさん友人はいるものです。

しかしこの小説では、才能がないかもしれないこと、ただの人になってしまうことへの恐怖みたいなものが繰り返し現れる。主人公の馮露葵に至っては凡庸の発露をエピファニーと表現して、高校生なのにすでに悟ったような、諦めの境地に達している。

だれしも、自分がプロ野球選手とか一流の音楽家とか偉大な小説家とかになれないという事実を直視して、そういうことを諦めて、やがて日々の生活にあくせくしたり金に困ったりするようになるわけですが、その過程でありふれた殺人事件が起きたりするわけですが、この小説では才能や友人にまつわることが全て。

つまりこれが青春ってものなんだろうか。先生である姚漱寒ですら、年齢的にはかなり若く、夢を諦めて平凡な生活に甘んじているやるせなさの真っ只中にいるかのように描写されています。

で、この問題が事件とも関わってくるところがなかなかポイント高いと思う。

しかし、その青春小説的側面については、ちょっと登場人物の言動に説得力がないようにも感じる。いきなり唐突すぎるというか。そんなに思い悩まないで、もうちょっと気楽に行けばいいのに…と思ってしまう。分量のバランスとしてはいいと思うんだけど。

それからちょっと気になる点としては、この小説のリアリティがどのくらいに設定されているのか、という点。

主人公たち女子は、嫌いだけど便利な言い方をするといわゆる「百合」っぽさがかなりでていて、図書館司書の姚漱寒はコスプレ趣味がある。殺人事件の捜査にきた刑事は、馮露葵と姚漱寒にも一緒になって捜査をさせる。この辺のリアリティがあやしい。

作者はアニメなどのファンで、ツイッターのヘッダーもアニメなくらいなので、作者の頭の中ではこの小説も二次元のキャラクターを登場人物に想定して書いたのでしょうか。その割にはちょっと

推理小説としては、なかなか面白かった。

過去の事件と現在の殺人事件があるんだけど、前半は過去の事件について主人公たちが捜査する。これに関しては、途中で一旦、主人公が自分なりの推理を述べる。その後、新たな殺人事件が発生し、こんどはそちらの調査が始まる。

新たな事件が過去の事件を模して起こされていることから、捜査の過程で必然的に過去の事件も参照されて、どちらもリンクしていく。そして、それが犯人を暴くきっかけにもなっている。

最後の推理の場面での主人公との畳み掛けるような推理合戦や、その合間のちょっとした活劇なんかは良かったと思う。犯人がわかるきっかけも、なかなかよかった。

ただ密室であったりセキュリティキーであったり、外側からかかっていた錠とかいう諸々の要素は、犯人の特定にはあまり意味をなしていない気がする。ちょっと都合が良すぎる寮のセキュリティシステムとか、通用門の仕組みとかは、そんなに重姚漱寒要じゃない。

結局、このトリックとかアリバイとかいろんなことは、犯人でなければ説明しようがない。そして、トリックなんかの先にある犯人の動機が、やっぱりこの推理小説の要の部分だと思う。ここにきて青春小説的な要素と推理小説的な要素が融合する。

そしてエピローグ、小説中に唐突に現れる陸秋槎。作者そのものではなく、姚漱寒の友達の女性という人物ではありますが、日本に住んで推理小説を出版して…と、性別は違うもののほぼ作者の分身といった格好。そして、ここでもまた自分の才能、限界についての会話が繰り広げられます。

うすうす感づいてはいましたが、この本に現れるやや暗い側面は、作者の悩みや心配を反映したものでもあるようです。

まとめ

そんなわけで、ややぎこちないところもあるように感じましたが、なかなかおもしろい推理小説でした。この本の青春小説的側面は、ちょっと書き足りない、あるいは人物の描写が物足りない(そのために唐突感がある)気もしましたが、それが事件にからんで機能していてなかなかいいと思いました。そして、その延長線上にあるエピローグも。

久しぶりに、普通の推理小説を読んだ気がする。途中にある、寮にいた犯人の可能性のある生徒を、寮に入った時間をもとに消去法で消していくと、犯人がいなくなってしまう、という場所は、「メルカトルかく語りき」の「答えのない絵本」へのオマージュなのかな。

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