うつ病などの精神病を「治す」方法があるかも。「脳科学で人格は変えられるか」の感想。

タイトルから、勝手にマッドサイエンティストが人格改造を試みるような本を想像していたら全然違った。むしろイントロ部分はポジティブシンキングでハッピーライフを目指しましょう、みたいな自己啓発本に近いノリ。

そもそも原題は”Rainy Brain, Sunny Brain”で、内容も悲観的な考えを司る脳の経路と楽観的な考えを司る脳の経路の比較をもとに構成されているので、ここはむしろ邦題がちょっと狙ってきているんだろう。

ただ、内容はちゃんと科学的かつまとも。イントロ部分は読者がとっつきやすくするための配慮だと思う。そして脳科学で人格は変えられるのかどうかというと、おそらく変えられる、というのが著者の結論。好き勝手に性格を変えるとかではなく、人生を前向きに生きられるよう、いい方向に変えることができるのではないか、ということを検証している。

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楽観主義 vs 悲観主義

最初の方は楽観主義と悲観主義にまつわる過去行われた様々な実験を紹介している。

ここはかなり有名なものも多く含まれていて、正直かなり既視感のあるものばかりだった。思わず「この本まえも読んだっけ?」と思ってしまった。

紹介の仕方は的確で、わかりやすい。どれも人の性格、というよりは脳の働きを元に、様々な条件下で悲観的な人、楽観的な人がどのように反応するかが描かれている。

それと同時に、長生きであったり、幸せであったりするうえで楽観主義がいかに大切かを説明してくれる。

ここでいう楽観主義とはなんでもかんでもうまくいくとのんきに構える態度ではなく、また「引き寄せの法則」みたいな科学的根拠のない思い込みとか、宗教みたいなものではない。ではなにかというと、逆境に立ち向かい、対処していく態度のこと。困難にめげず、トラブルの中にも活路を見出してとにかく前向きに進んでいける人を楽観的な性格としている。

確かに、そういうことなら楽観的な性格のほうがずっと楽しく、前向きに行きていけそうだと納得できます。

楽観主義は先天的なものか、あとから獲得できるものか

楽観主義が様々な面でプラスの影響を及ぼすことについては、逆に恐怖を感じる回路が強すぎる場合にどうなるかなどを交えて単純な実験で検証されていく。それはあまりにも単純なテストなので、それが人間の実生活でそのまま通用するのかどうか、多少疑問に思うところはあるものの、逆に科学的手法にのっとった実験結果に基づいて検証しているので読んでいて安心感がある。まあなにをもってプラスとするのかもかなり原始的な判断によるのだけど。

序盤ではけっこう有名な実験が紹介されているけれど、徐々に専門的な込み入った実験も披露されて、そのうちエピジェネティクスまで言及される。

遺伝子が人を形作るのなら、生まれた瞬間から何もかも決まってしまっているのではないか。そう考えることが誰しもあると思うけど、エピジェネティクスが扱うのは遺伝子によらない形質の遺伝で、つまり環境など遺伝子外の影響によっても人の個性はそうとうに影響を受けるというもの。これは仮設ではなく、客観的な事実。さらに、そうした影響が、その環境にさらされた個人だけでなく、その子孫にも影響を及ぼす。

結局は遺伝子なんだけど、要するに遺伝子の特定の部分が発現するかしないかは環境によって決定されるということらしい。

この本ではそれほど深く触れられていませんが、エピジェネティクスはとても興味深い分野なので興味がある人はエピジェネティクス関連の本を読むことをおすすめします。

なお余談ですが、生まれ持っての遺伝子だけでなく、それをとりまく環境が大切だ、というのはわかりますが、それと人間の意識の問題は違います。人が何かをしようと思ったとき、そう意識する一瞬前にすでに脳が○○をしろという信号を発しているという事実。つまり人の意識とは一体なんなのか。これについては「あなたの知らない脳」という本がとてもおもしろかったです。

脳の可塑性

次は脳の可塑性についての話題になります。昔は大人になったら脳は固まってしまい、新しいことは覚えられないし忘れるだけ、という認識が一般的だったけど、いまは違う。脳は何歳になってもある程度の柔軟性を備えていて、新しいことに対応して変化していくというのが常識になりつつある。

そこで紹介される、その可塑性を利用して思考を意図的に変えることができるのではないか、という試みが、本書のタイトルにもなっている脳科学による人格の改変の試みになります。

前述の通り、人格改変というと大げさですがマッドなものではなく、悲観主義を楽観主義に変える、という前向きなもので、ここで紹介されている具体的な試みは、たとえば比較的単純な認知トレーニングで抑うつ症を改善する、というもの。

ここで興味深かったのは、うつ病の患者などに処方される抑うつ剤が具体的にはどのように作用して抑うつを改善するのか、というところ。

抗うつ剤はなぜうつ病に効くのか。

うつ病や精神疾患の治療に関しては、中島らもやネットで著名なドクター林のサイトで読むようなものが多くて、要するに薬を飲み続け、勝手な判断でやめるな、というようなことしかしらない。その薬についても、セロトニンなどの脳内物質を増加させる、というのはわかるし、だからうつが改善されるというのもわかるけれど、どのように作用しているのかはまだ良くわかっていないらしい。それに、服薬を開始して効果が出るまでには数週間程度かかることが多い。それはなぜなのか。セロトニン濃度とかだけが問題だとしたら、服用後すぐにうつ病が治りそうなものだけど。

この本では、抗うつ剤は具体的には、患者の認知バイアスを弱め、さらに周囲の物事に対してポジティブな認識を持つようにさせることで、患者と社会との関係を改善していくのではないか、という推論が紹介されている。

ネガティブな認知バイアスは投薬によって弱まるが、さらにそこを足がかりにしてポジティブな認識が強まることでうつ病が改善される、という。

その前段で紹介されているのが、投薬を利用した暴露療法。暴露療法というのは、たとえばクモ恐怖症の人をあえてクモに対峙させ、クモに害はないことを徐々にわからせることでクモに対する恐怖心をなくすといった手法。で、この暴露療法の際にある種の薬物を摂取すると、効果が高まることがわかっている。

それがD-サイクロセリンという薬品で、大雑把に説明するとこれを摂取することで脳の可塑性が一時的に増す。その隙に暴露療法を行うことで、強固に染み付いていたクモに対する恐怖も薄れやすくなる。

うつ病の際に処方される抗うつ薬も、同じような作用をしている可能性があるのかもしれない。つまり抗うつ薬自体の作用というものもあるけれど、それに加えて適切な認知療法を行うことでより効果的なうつ病の治療が行えるのではないか。

ということで、マインドフルネス法などの作用を研究した結果、やっぱりそうした行為が脳に変化をもたらしているらしいことが検証される。

まとめ

マインドフルネス、ゾーンに入る、幸福になるためには、とか最後になるとやっぱり自己啓発本みたいな見出しが並ぶ。しかし、読んでいる感じはまったく自己啓発本にありがちな胡散臭さや上から目線がなく、いたってまとも。

最後の最後で紹介されるワイズマン脳科学研究所の所属員リチャード・デヴィッドソン。最初は脳の研究から始まったのだけれど、

最終的には彼は<人を幸福にするのは何か>を解明することに多くの力を注いでいる。

この本の著者も同じなんでしょう。そういった態度が、この本全体の前向き思考なトーンを形づくる元になっていると思う。

というわけで、まだまだ途上なんだとは思いますが今後の抑うつ症の治療法の進展、さらに他の精神疾患治療への道筋も見えるような、明るい、しかし無責任ではない本でした。

専門的な部分をもうちょっと突っ込んでほしいという気はしましたが、脳科学の部分以外でも、自分の考え方や認識の傾向を客観的に知る手がかりになる、なかなかためになる本でもあったと思います。

なお、「ポジティブ病の国、アメリカ」というなんでもかんでもポジティブ思考なのは果たして本当にいいのか?いや、よくない、という本もあります。ただ、そこで取り上げられている過剰なポジティブシンキングと、この本で描かれている楽観主義とはまた違うもので、ここでの楽観主義はいたって健全なものだと思います。

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