小林泰三「酔歩する男」の感想。自殺した菟原手児奈をめぐる、波動関数の拡散によるタイムトラベルもの。

玩具修理者」とセットになって収録されている「酔歩する男」。文庫のタイトルは「玩具修理者」ですが、こちらは正味30ページちょっとの短編なのにたいし「酔歩する男」は170ページ位あって、むしろこっちのほうが長い。

物語も、これも著者らしさがよく出ている印象的な作品になっていると思います。

タイムトラベルものであり、恋愛小説でもあります。タイムトラベルの基礎となる理屈が量子力学の波動関数に関するものであったりして、ジャンルとしてはSFになるだろうと思います。

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あらすじ

とあるバーで、小竹田丈夫(しのだたけお)と名乗る男に声をかけられた血沼壮士(ちぬそうじ)。小竹田は血沼とは大学時代の親友だというが、血沼にはまったく記憶がない。小竹田は血沼と親友であるといいながら、今まであったことがないともいう。血沼が問い詰めると、小竹田は学生時代に血沼と三角関係にあった菟原手児奈(うはらてこな)という女性に言及し、彼女を発端とする始まる数奇な物語を語り始める。

というわけで、恋愛小説的要素が全体にほのかな色付けをしてくれていますね。手児奈は小竹田と血沼の二人の間で引き裂かれ(?)、線路に飛び込んで自殺してしまいます。彼女の白を切っかけにしてこの不思議な物語が始まるわけですが、まずこの恋愛部分が面白い。

突如展開される三角関係コメディ

恋は盲目。当事者は真剣で、真剣に喜びを謳歌したり思い悩んでいるのかもしれないけど、端から見たらまるで滑稽ということはよくあります。

当初手児奈と付き合っていたのは小竹田ですが彼は手児奈を好きすぎるあまり一方的に手児奈の浮気を疑い、自爆的に破局してしまう。手児奈を想いながら後悔の日々を送る小竹田でしたがある日手児奈があろうことか自分の親友である血沼と付き合っているのを見つけてしまう。嫉妬に狂った小竹田は血沼を呼び出し、手児奈を巡って言い争いを始める。

この場面がすごく滑稽。小説全体としては笑い話とかではないんだけど、ここだけ浮いてるくらいコメディになっています。作者得意、会話してるうちに論点がずれていくおかしさがあって笑えるのですが、この場面は恋愛がからんでいるからか「男はつらいよ」の場面に似ていなくもありません。当事者とか事実をよそに第三者で勝手に話が進んでいくこういうネタって、なんか定型的な呼び方があるんでしょうか。突っ込まないノリツッコミというか。

メインはタイムトラベル、きっかけはシュレーディンガーの猫

それからSF的要素もありますね。まず波動関数の収束をネタに使っている点。これに関してはシュレーディンガーの猫のパラドックスがとても有名で、いろんな作品で使われています。

いまさら説明するまでもないですが、一応説明すると、ブラックボックスに入れられた猫と、同じく箱に入れられた一個の放射性原子からなるパラドックスです。放射性原子は一定期間後に崩壊して放射線を発する可能性があります。しかし、量子力学の理論では崩壊が確定するのは観測されてからで、観測されるまでは崩壊した状態と崩壊していない状態のどちらもとりうるというのです。これは量子の重ね合わせと呼ばれる状態で、おかしいように思えますがこれが量子の実際の姿です。

では、同じブラックボックス内に、放射線に反応して毒ガスを噴出する装置が入っていたとしたらどうなるか。原子が崩壊すれば、毒ガスが放たれ猫は死ぬ。しかし崩壊しなければ猫は生きている。そして、観測されない限り原子は重ね合わせによりどちらの状態でもある。箱を開けて観測した瞬間、猫は死んでいるか生きているかどちらかに収束する。では、観測していない箱の中では、はたして猫は死んでいるのか、生きているのかどちらだろう。あるいは生きた猫と死んだ猫が重ね合わされた状態で存在するのか。

この不思議な猫のパラドックスは量子力学の観測問題として有名。これをネタにした作品は多分たくさんあると想いますが、読んだ中ではたとえばグレッグ・イーガンの「宇宙消失」。観測問題をほとんどトンデモといっていいような大掛かりなネタにしていて面白かった。また同じ小林泰三の短編「忘却の侵略」も観測問題に立脚した傑作です。

「酔歩する男」はこのパラドックスを援用してタイムトラベルものにしてしまったのが面白いと思いました。

菟原処女の伝説

小竹田丈夫、血沼壮士、菟原手児奈。このちょっと不思議な語感の名前も理由あってのことで、これは日本の和歌を下敷きにしたお話でもあるんですね。万葉集のいくつかの和歌で歌われる題材があって、それは美少女が数多くの男性に求婚され思い悩んだ挙げ句入水して自殺するというもの。菟原、小竹田、血沼はその歌に出てくる名前。

複数の男に言い寄られて、自ら命を立つ少女の歌は万葉集にもいくつもでてくるようですが、これについて詳しくはこちらをごらんください。許されぬ恋を歌った悲恋歌のようです。

ただ、この小説の菟原手児奈はたんに同情を誘う美少女というだけではありません。むしろ彼女こそが物語の中心に存在することがわかります。

まとめ

この小説のタイプのタイムトラベルは昔からいろんな小説で使われているので、特別目新しいものではないと思います。ただし、そこに合理的?説明を付け加えているのが面白いし、手児奈を軸とした二人の男の妄執のようなものも土着的な雰囲気を醸し出し妙にしっとりとした感触のお話になっていると思います。最終的に話題がタイムトラベルから手児奈にクローズアップするところも印象的。

結末での語りてのスタンスと冒頭のスタンスにちょっとずれがあるように感じ、そこにちょっと違和感を感じるものの、全体としてはタイムトラベルSFの名作だと思います。