ピーター・ストラウブの”lost boy lost girl”のあらすじ、感想その2

ストラウブの”lost boy lost girl”でよく分からなかった点などについてのメモ書きです。

ネタバレしています。

まず、リリー・カレンダー=ルーシー・クリーブランド。リリーはカレンダーの娘で、ナンシーは存在を知っていながら(そのままではカレンダーにいずれ殺されると感じながら)、助けなかった。ルーシーは、カレンダーの住んでいた空家で、マークが出会った架空の?幽霊の?少女。

リリーの幽霊が2003年にナンシーの前に姿を現したのは、新たな殺人犯がカレンダーを模倣し、またリリーが死んだと思われるカレンダーの家に入ることで、その場を刺激したから?

ナンシーの前に現われたリリーは5、6歳の少女の姿で、これは恐らく死亡した当時の姿。しかしマークが空家で出会ったのは19歳のルーシー。カレンダーが妻子を殺害してつかまるのが1980年で、その時リリーは6歳。マークのいる現在は2003年なので、そのまま年を経ていればリリーは29歳になっているはず。2003年現在19歳だとすると、1980年にはまだ存在していないけど。よくわからん。

リリー=ルーシーとすると、リリーはナンシーの仇、とも思えるけれど、ナンシーはすでに一度リリーを見殺しにしており、自責の念から自殺した。ルーシーは再び救いを求めて、マークの前に姿を現し、今度は救われた。と解釈すれば納得できる。

ジョセフ・カレンダーについて。マークが歩道で目撃したコートの男、またジンボが空家の窓ごしに見た誰かは、現代の連続殺人犯ロニーで、ふたりを脅すためにわざと姿を現したものだった。しかしナンシーの葬儀の日にキッチンでマークが見たコートの男と、公園で警備中の警官が見たコートの男は、ロニーではない。ジョセフ・カレンダー、または”闇の男”もまた、姿を現していたんだろうか。

ま、どれも考えても仕方のないことかも知れない。続編の”in th night room”は思っていたよりもずっと本作と関連が深いようで、これを読むと少なくとも多少のもやは晴れそう。

それからダメな点。まず、ヨ・ラ・テンゴとかエミネムとかへの言及。そしてマイケル・J・フォックス、グウィネス・パルトロウ、ベン・アフレック、マット・デイモンが突然文中に現われる。これは、陳腐化させているだけのような気がする。次に、送信者不明なEメール。こういうのは「リング」の呪いのビデオテープくらいまではまだアナログで呪いとか幽霊の入り込む余地が大きかったように感じるけれど、デジタル化が進んだ今、鼻白んでしまう人も多いかも知れない。パソコンが普及してフォトショップとかが身近になると、心霊写真は急に廃れてしまった。(逆に呪いのビデオが出てきたけれど、あれはフェイクドキュメンタリーの流れを組む物だと思う)そもそも幽霊、などという時点で端から相手にしないという人もいるはずだが、Eメールとかを使うことでさらにそうした反発の余地を拡げている気がする。

つぎに、ストラウブの悪い点をかこうと思いましたが、この小説だけではなく、ストラウブの小説全体に関することなので、あらためて別に書きます。

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