すみません。小林泰三の文庫書き下ろし小説の紹介です。
小林泰三の「セピア色の凄惨」。4つの短編からなる連作集。
タイトルに惹かれて買った。セピア色の凄惨って、なかなかいいタイトルだと思う。懐かしいような、切ないような郷愁を誘う物語の果てに、残酷な真実が明かされる…
そんな物語が書かれているのでは、という期待を持って読んでみた。
すみません、買ってから長いこと放置していました。途中で読もうと思ったらどこにあるのかわからず、さらに時間が経過してしまいました。ようやく読んだ。
さて、読んだ感想ですが、当初の予想とは全然違った。
なんとこれは、めちゃくちゃ笑える小説だったのでした。
これは大変笑える、コメディ小説です。残酷な場面もありますが、コメディです。
タイトルに偽りはまったくない。
セピア色、というのは、物語の要になっている4枚の写真のことで、比較的古い写真だからちょっと色あせている。それのことだろう。
凄惨というのも、その通りで、小説中には残酷な血と肉片が乱舞している。後半にいくに従ってそれは過激になり、最後のエピソードなんかはまあ、たしかに凄惨といえる。
でも、それが笑えるんです。最後のエピソードなんてもう爆笑ですよ。最初のも、その次も笑えるけど。
なんで残酷な話が笑えるのかというと、ものごとは、どの視点で見るかによって、あるいはどの口調で語るかによって、同じ事柄でも違った様相を呈してくるから。ブラックジョークと言っていいでしょうね。まあ、最後の話は100%コメディだと思いますけど。
漫画で「フランケンふらん」という傑作がありますが、あんな感じ。
人が死んだりもするけれど、全体的に現実感が希薄で、夢のなかの出来事のような描写になっている。物語もほぼ100%、登場する人物の語りでできているのでなおさら。
唯一、笑えない可能性が高いのは、3話目の「安心」。動物を飼ったことのある人は、この話の徐々にエスカレートする動物虐待と、それを実行するバカバカしい主人公に、知らず自分を重ねてしまって眉をひそめるかもしれない。
それをいえば、2話目だって、ネグレクトしたりされていたりした人にとっては、あるいはそういう人を身近に知っている人にとっては、笑い事じゃないかもしれない。
ベルクソンの「笑い」にある通り、共感は笑いの敵。でも、客観的に見てこの連作はすべて、ホラーでも恋愛でもサスペンスでもなく、笑いを意図したものでしょう。
ただ、徹頭徹尾コメディにしていないのも独特の雰囲気を醸し出しています。笑いのすぐ裏に不気味さや残酷や狂気が潜んでいて、それを途中とか最後にさっと出してくる。エピソードの合間に挟まれる依頼人と探偵の対話も、最後は真面目に、不思議な余韻を残して終わります。
あと、けっこうな量の血や肉やなにやらもでてくるので、まあ有り体に言ってグロい。それは間違いありません。
とはいっても、やっぱり個人的にはこれはコメディとしか読めないんですけどね。グロ=怖いという先入観は捨て去りましょう。
各エピソードの紹介。
ミステリっぽいところもあるんですが、基本的にはネタバレを恐れるタイプの小説ではありません。しかし、いちおうネタバレしないように各エピソードの読みどころなどを紹介します。
1話…待つ女
大学生が主人公。学祭で初めて出会った人に運命を感じ、ナンパする。そしてOKされ、公園で待ち合わせをする。彼女がくるまでの間の、千々に乱れる彼の思考が笑える。宮本武蔵が出て来るあたりで笑ってしまった。
この話はちょっとミステリ仕立てになっていて、後半はお笑いはなくなり、ちょっと悲しい恋愛ものになっている。
2話…ものぐさ
あらゆる出来事に対応しない、汚部屋に住むものぐさな主婦が主人公。その対応しなさ加減がすごく、笑える。幼い娘には気の毒だけど、旦那の務める会社の木下の部下で、若い熱血漢が登場するあたりが最高に笑える。
自分勝手な人を極端に誇張した風刺…というわけではないか。
3話…安心
あらゆることに不安を感ずるあまり、石橋を叩いて壊すようなことばかりしている人が主人公。ものが壊れるのでは、という不安を解消するため、どこまでやれば壊れるか、という限界点を確認しないと安心できない。その確認対象が、携帯電話やダイヤの指輪から始まって、金魚、犬、猫へとエスカレートしていく。
どうも途中から、安心を得ることではなく、行為自体が目的なのでは、と伺わせるふしがある、ちょっとおかしい主人公。サドマゾ嗜好とでもいいますか。この独善的すぎる主人公の馬鹿馬鹿しい行為に笑いを禁じえません。でもタマがかわいそうです…。
4話…英雄
世界一危険なだんじり祭りがある町で、亡き父、亡きおっちゃんの遺志をついで大工方になる決心をした若者の物語。
最後の話なので、グロもバカバカしさも大盤振る舞いです。ときに死者も出るだんじり祭りのパロディで、高さ8メートル長、総重量40トンのだんじりが人々をなぎ倒していくというすごい話になっています。
漢気なるものの描写も、
- 男が迫り来るだんじりを仁王立ちで受け止め(衝突して死ぬ)、それをみて「漢じゃのう」
- 主人公の亡き父を馬鹿にした少年を、父の親友であるおじちゃんが学校まで半殺しに来る
- 主人公の親はだんじりに殺された「英雄」なので、それを馬鹿にしたら半殺しは当たり前、とクラス全員が了解している
など狂っています。全体的に「仁義なき戦い」とかに出てくるような熱い漢たちのパロディでもあるようです。
この話は唯一、主人公以外のまともな人物(担任の先生、医者)の視点があるため、それがゆるいツッコミ役になっています。
以上4話、どれも基本笑える話ばかりでした。