小林泰三の連作短編集。
表紙が御茶漬海苔というけっこうグロいホラー漫画家の絵で、タイトルも「惨劇アルバム」なのでさぞ陰惨な物語が展開されるのかと思ってしまうが、そうではない。
どっちかというと狐につままれたような、どこまでが本当でどこまでが幻なのかわからないような幻惑的な内容のお話で、グロ成分は控えめ。
論理の行き過ぎによる誤った帰結やシュールで過剰な暴力表現など、ギャグっぽいところもあるにはあるけれど、全体としてはホラーの範疇に収まる短編集だと思います。
短編集ですが連作で、5人家族のおのおのが体験する奇妙な物語が、それぞれ自分語りの体裁で語られる。しっかりしたオチがある話ばかりではなく、雰囲気重視のお話もあり。最後の「終章」で、序章から始まった物語たちが完結する。
エピローグ
辺野古美咲はずっと幸福だった。子供の頃から常に幸福で、なぜこんなに幸せなのかつい疑問に思ってしまうほど。彼女はアルバムを開き、これまでの来し方を振り返る。ハンサムな彼氏がいて、もうじき結婚する。大学受験も風邪を押して試験会場にむかい、見事志望校に合格した。幸せな過去を振り返りながら、彼女はアルバムの最初のページにたどり着く。
というのがエピローグなんですが、この時点でわかることは、辺野古美咲に何かしら秘密があるのかな、ということくらいですね。その秘密は次の章でいきなり明らかになります。
次の章も美咲の物語。アルバムの最初を見て思い出したのは、自分が幼い頃ため池かなにかに落ちて死んでしまったという記憶でした。混乱した美咲は母に幼い頃の出来事を尋ね、恐ろしい事実を知ることになります。
各章の語り手は母、弟、おじいちゃん、お父さん。
その後の章は、傷心の美咲を慰めるためにお母さんが語って聞かせた家族の物語、ということになり、そこで家族がそれぞれ体験するあるいは奇妙な、あるいは恐ろしい物語が語られます。
お母さんの話は、強迫観念的妄想を屁理屈で正当化するお母さんの話で、「幸せスイッチ」という短編集にも同じような雰囲気の話があります。このお母さんは個人的にはとてもいやでした。
弟の話は、悲惨な目にあう弟には悪いけど一番笑えると思います。
おじいちゃんの話も、どっちかというと滑稽な部類ですかね。
お父さんの話は不思議な話で、構造的には美咲の物語と対応している。
語り手の一人称という不自然。
で、ここから先は小説の内容に直接関係ないことなんですが、お母さんが美咲に語るという体裁にもかかわらず、各章は主人公の一人称で語られています。なので、これはお母さんが語っている内容そのものではありません。
おそらくお母さんは美咲のために、必ずしも事実ではない物語を語っているはずです。といって、各章で語り手が語っていることが事実かどうかもわかりません。
終章でまた一つの秘密が明かされ、そこで物語は完結するのですが、いったいこの連作のどの辺が真実でどの辺が妄想なのか。果たして、この家族はほんとうに存在するのか。
そういうことを考えると、なにが現実なのかわからなくなるようなこの不思議な短編集がより楽しめるように思います。
まとめ
むしろ小林泰三を読んだことがない人におすすめかもしれない。グロ描写やトリックばかりを期待する人には向かない。途中に数タイプのエピソードをはさみつつ、終章まで読むと不思議な感覚が味わえるなかなかおもしろい短編集でした。