傑作映画の原作、「ピクニック・アット・ハンギングロック」の感想。

大ヒットした映画「ピクニックatハンギング・ロック」。これは昔見て、輸入盤DVDを買ってしまうくらい気に入っていた。内容は結構忘れてしまったけど。

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幻想的な雰囲気が素敵なピーター・ウィアーの出世作、映画「ピクニックatハンギング・ロック」

夢幻的な映像美と、事件が解決しないままにどんどん出来事が進行していく感じがよかった。ピーター・ウィアー監督の出世作でもあって、なかなか言葉での説明が難しい情景、セリフでは説明されない少女たちの心理を描いたこの映画の独特の雰囲気が評価されたと思う。

このあとの「プラマー」でも、怪しい男がアパートにいる不穏感をとてもよく醸し出していたし、テレビでもよく放送された「刑事ジョン・ブック」でもアーミッシュの村の世間から隔絶された雰囲気や、そこに闖入することになったハリソン・フォードの戸惑いをうまく描いていた。さらにアーミッシュの女性との淡い恋なんかもさり気ない描写でそつなくこなせることがわかり、ピーター・ウィアーの映画はだいたい面白いような、そんな気になりました。

ピクニックatハンギング・ロックにしても、他のにしても、セリフに頼らない映像による情景表現が巧みなんですよね。まさに映像作家であり、特にピクニック~は後半の展開よりも前半のただ立ちすくむ少女たちの映像の美しさ、そこはかとなく漂う不安感といった部分が印象的だった気がする。

そんな映画の原作が翻訳されていたので、とても興味深く手にとったわけです。

オーストラリアでは原作も大ヒットしました。この物語は実話なのか、創作なのか。

読んでみて、映画の内容をかなり忘れてしまっていたことに気づきました。

原作も非常に良くできた、面白い小説でした。

映画では、ビデオのパッケージかなにかの紹介文か、その両方か忘れましたが、「実話に基づく」映画であると紹介されていたのを覚えています。

1900年、オーストラリアの奇蹟ハンギングロックにピクニックに出かけたお嬢様学校の生徒たちのうち3人と、引率の女教師1人が行方不明になる。同行していた1人の生徒は半狂乱で発見されるが行方不明の生徒たちがどこにいったのか覚えていない。捜索隊が遣わされ調査が行われるが、生徒たちは見つからない。その後、1人の生徒が奇跡的に生きて発見されるが、記憶を失っていて他の生徒の行方、また何が起きたのかまったく覚えていない。その後現在に至るまで、少女たちがどこに消えたのかは謎のままとなっている。

なぜこのストーリーが実話に基づくとされたのか。

原作の解説などを読むと、この小説は著者が夢で見たストーリーをもとに書き上げたとされています。それもかなり詳細な登場人物の名前まではっきりした夢だったようで、「女学院失踪事件、そしてその余波を詳細に映し出す夢は、…とうとう一週間続いた」そうです。著者は毎朝夢の内容をもとに執筆をし、一月足らずでこの本を完成させたとのこと。

夢がネタ元ということで実話に基づいているわけではないのですが、それではなぜ実話とかいう話になったのか。それは単純なことで、この小説がこの事件を事実の体で語っている、実話風小説だからです。

冒頭からして、

『ピクニック・アット・ハンギングロック』が事実なのか創作なのかは読者の判断にゆだねる。だが、問題のピクニックが行われたのは一九〇〇年のことである。ここに登場する人物たちが亡くなって、すでに長い年月が経った。事件の真偽を取り沙汰する必要はないだろう。

と、判断を委ねておきながら思いっきり実際にあったことのように語っています。

その他にも、登場人物が言及する絵画についてわざわざ原注で実在の絵画であり現在はどこそこの美術館に所蔵されている、と説明したり。さらにまた原注で、ある登場人物について「正確には95歳まで生きた」と注記したり。

また実在する新聞の(架空の)記事を引用し、その中でこの小説の出来事をメアリー・セレステ号事件という、実在の未解決事件と同列に語っている。

もちろん、ハンギングロック自体が実在の場所であるということも大きい。

つまりいろんな手を使って実話であるという体裁が取られているわけです。「実話化」にあたってなにより有効だったとされるのが、編集者の判断による最終章の削除です。最終章はいわばこのストーリーの種明かしに当たる部分だったらしいのですが、それを削除し、謎を謎のままに残す、という選択をした。それによって、この実話風小説にはより実話らしい信憑性が与えられたように思います。

そして、その実話的な作風がストーリーによく合っているし、効果的。

少女たちが行方不明になるまでは、幻想的とも言えるハンギングロックの風景や、そこでの少女たちの集団催眠的な行動や、数人のもっていた時計が同じ時刻を指して止まってしまうといった怪奇小説っぽい雰囲気も若干ありつつ、それが語り口のおかげで本当にあった未解決事件のような、独特な雰囲気を醸し出していると思います。

実話風の味付けをした、不思議なドラマ。

ただ、ドキュメンタリータッチというわけではない。その後のお話はおもに事件をきっかけに徐々に崩壊していく女学校の話と、たまたま消えた少女に一目惚れしていた青年の話の2つで構成されていますが、一つの事件をきっかけにさざなみのように広がる止めようのない運命を超越的な視点で描かれていて、実話っぽさとか未解決事件の真相とかを売りにするようなものではありません。

二人が出会うことは二度となかった、みたいな言い回しが何度か出てきて、ときおり若者たちの青春の輝きが垣間見えるものの、その分かえって宿命とか運命とかを感じさせる、不思議な力強さがあります。

その後の火事や学園でのある出来事など、過剰なエピソードに思えるものも、この本の落ち着いた書きぶりと、実話風という作風のおかげで浮いた感じがしなく、自然に受け入れられるような気がします。

15章からはいっきにラストになりますが、それまでに十分に構築された物語にどっぷりハマっているので何が起きても驚かない。ラストはそこまで読んでいればこうなることは必然と思えるものですが、少女の失踪事件からそこに至るまで、とても夢をもとに書いたとは思えないしっかりとした展開の、でも夢らしい夢幻的な雰囲気をもった不思議な読後感の小説でした。

映画だけでなく原作もヒットしたのが納得できる良作でした。

映画を見た時はほとんどそのビジュアルしか覚えてなかったんだけど、読んでみるとストーリー展開もかなり引き込まれるものがあります。どでかい事件が起きるわけではなく、終盤で起きる2つの事件も間接的に描写されている。その、物事を直接語らず引用や周りの反応を多用して書きすすめるスタイルがなかなか良かったと思います。映画とはまた違う感じで独特。

そしてこの原作をもとにあの映画を作り上げたピーター・ウィアーもさすがだと思いました。

作者はジョーン・リンジーという人で、もともと絵画を学んでいたそうで、そんなのと、あと舞台になるオーストラリアの風景も、小説の絵画的なイメージに貢献しているんでしょう。映画はそのイメージをうまく膨らませて、幻想的な雰囲気を作り上げていたと思います。

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