楳図かずお「恐怖への招待」の感想。

小説家がエッセーを書くことはよくあるが面白いエッセーを書くことは少ない。たぶん、読み手はその作家の小説レベルの面白さを期待して読むのに、書かれているのは(たぶん)事実に基づいた小話程度のもので、読者の期待に応えられないからだろう。まあ小説じゃないからしょうがないんだけど。あとは新聞とか雑誌の連載とか、やっつけに近い手抜き仕事が多々あるのもその理由かも知れない。川上未映子の週刊新潮の連載、つまらなくはないけどデビュー当初の鮮烈がなくてもうマンネリなきがして、ちょっとがっかりなんだよなあ・・・。

その点、プロの小説家、作家じゃない人が書いたものは意外とおもしろいものが多いような気がする。いろんな職業の人がその道ならではの視点で文をかくから面白い。あるいは、あんまりその人の書く文章を読んだことがなかった人の文章が、意外に読めたりする意外性が楽しさにつながっているのかしら。たとえば最近たまたまみかけた杏という女優のエッセーはまさにそれで、意外性から感心した。あと星野源の「蘇える変態」も面白いし、星野源はこんなに売れっ子になってほんとうによかった。それから、魯山人のエッセーはすべて文章がよく、面白い。代筆の噂もあるけれど。

で、もう一つ、文章が飛んでて面白いエッセーもある。池田満寿夫の「男の手料理」とか、芸術家らしく文の「正しさ」みたいなものに頓着しない姿勢があり、この人にしか書けないであろう文章だと思う。料理本なんだけど最初の第一話で紹介される料理が「コロンブスの玉子丼」で、これはご飯に目玉焼きをのせただけというすごい料理で、生卵をのせるのではなく目玉焼きを乗せるのがポイントであるという、ただそれだけの料理で、このエッセーの全体を象徴しているような素晴らしい第一話だとおもう。

芸術家であればみんなこんな感じなのかというとそうではなく、最近の現代美術なんかをやっている人はさすがにいろいろ考えているようで文章もまともだ。会田誠の「カリコリせんとやうまれけむ」はタイトルもいいんだけど、文章もしっかりしていて結構面白い。一番面白いのは冒頭の「カレー事件」かな。

しかし、やっぱりすごい天才は一線を画している。楳図かずおだ。

楳図かずおが天才であることはもう確定的な事実なのでどうしようもないんだけど、その天才性の根拠を探ろうとおもって「恐怖への招待」という、楳図かずお自身の手になる著書を繙いてみたことがある。といってもインタビューなんだけど、わたしにはこの本のおそらく半分も理解することができなかった。当時のわたしが馬鹿すぎたからか?それもあるが、やはり楳図かずおが常軌を少し逸しかけの天才だから、だと思う。インタビューなので当然インタビュアーがいて、この本が存在するということは楳図とインタビュアーの間でやりとりが成立している訳なんだが、表面的には会話が成り立っているのかもしれないけどわたしには楳図先生の言いたいこと、意図が、深すぎて理解できなかった。最後までよんで、楳図先生の天才性を再度思い知った、という感じがした。ですから、楳図かずおはすごいな感じている人は一度この本を読んでみてもいいかもしれない。

楳図かずおの作品については様々な論評がなされていて、それだけ話題になるということからもいかにすごい作品群かわかるんだけど、結局楳図かずおに対する正しい接し方というのは、綾辻行人が「わたしは真吾」を読むときのように「1頁目から泣いて読む」ほかないのではないか、と思います。(※ http://www.hmv.co.jp/news/article/702210013/ にそう書いてあった。)

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