麻耶雄嵩「蛍」の感想。訝しいけれど面白い。

本格推理小説っていうと、密室が出てきたり、謎の構造をした館が出てきたり、そこで連続で何人も人が死んだり、ちょっと特殊な世界が舞台になっていることが多い。現実ではまずありえないような設定ばかりで、つまりリアリティがない。

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推理小説のリアリティ

しかしリアリティというのはべつに小説に必須の要素ではない。推理小説は、リアリティのなさで偏っている部分があるかもしれないけど、突飛な舞台や背景設定は娯楽小説としてはむしろ非日常の世界を楽しませてくれるという点で優れているかもしれない。

それに推理小説は小説としての構造がはっきりしていることが多い。殺人があって、犯人探しが行われて、最後に犯人が明らかにされる。そして作者はなるべく犯人が悟られないようにいくつかのトリックが仕掛けられる。ときには犯人隠蔽のためではなく、トリックそのものの意外性を楽しむために仕掛けられるトリックもある。

だから、むしろ小説初心者が楽しむためには推理小説は適しているのかもしれない。数冊読めばどこを読み、何を探し、何を愉しめばいいのかわかりやすい。そもそも意外性にびっくりさせられるような物も多いし、読書になれるにはいいジャンルかもしれない。

さらに、舞台設定はありえなくても、登場人物は現実に存在する人間と同じように振る舞う。異常な世界だからこそ描ける人の心理、情動があるとすれば、よくある現実味のない設定も、意味があるのかもしれない。本格推理小説だからこそ表現できる人間心理のようなものが描ければ。

そんなのが読みたいなと思いながら、時々推理小説を読んでいます。

今回は麻耶雄嵩の「蛍」を読みました。

結論から言うとなかなか面白かったです。その前に読んだ「鴉」よりも好きだった。

本格推理小説にふさわしい、リアリティのない設定。

人里離れた洋館。かつてのオーナーであるバイオリン奏者が、発狂して演奏家6人を殺害した場所。

そこを訪れる大学のサークル生たち。

殺人事件。外部からの孤立。巷を騒がせている殺人鬼ジョージ。洋館の隠し扉。謎の女の気配。複雑な家庭環境。

典型的な舞台設定のように思えるし、実際に似たようなタイプの推理小説は何回も読んだような覚えがありますが、作者によってすごい個性があるんだなと改めて思い知りました。

貴志祐介のような緻密すぎるトリックと比べるとこっちのタイプのほうが読みやすいかも。

それから館の殺人事件とは直接関係なさそうな殺人鬼ジョージとか、ファイアフライ館と呼ばれる館の由来とか、過去の殺人事件とか、現実にはあり得なさそうないろんな要素が重なっているわけですが、そうしたいろんな要素が小説のパーツとしてきちんと組み込まれて、ほぼ無駄なく機能している。だから読んでてまあ納得できるし、嘘くさいからと否定する気にもならない。

最低限のリアリティは必要だということなら、出てくる人が常識に沿って当たり前に行動をして、ときに当たり前じゃない行動を取るときにはそれなりの理由付けがされていればそれでいいのではないかと思います。

いろんな要素の理由付けが適当だとリアリティのない空想的なものになるし、全て現実的なものなら社会派小説みたいになる。別にどっちでも面白ければいいので、要は、いかに小説としての構造がきれいにまとまっているか。この「蛍」はきちんとしていると思う。

でこの先はすこしネタバレになりますが、この小説では3つのトリックが仕掛けられています。トリックといっても、犯人が殺人を隠蔽するために仕掛けたものではなく、作者が読者を欺くために仕掛けたもの。まあ、結果的に犯人隠蔽につながっているわけですが。

ひとつは叙述トリックです。

これは、人によってはすぐに気づくものかもしれない。この本は一人称で書かれているようなのですが、所々で部分的にそれが乱れるのです。なんかおかしいな?と違和感を感じる部分があるので、トリックに気づきやすい。

それから文章に感じる違和感のほかに、ある登場人物が異様に影が薄くて、どんなキャラだったかよくわからない点。

これどんな人物だったっけとその人物の描写を探して読み返し、ひょっとしてこうなのかな、と思い、すこしして自分の考えが正しいとほぼ確信しました。

簡単に言うと語り手を別人物に誤認させるような描き方がされています。

一度それに気がつくと、本当の語り手と、殺人鬼ジョージに殺されたかつてのサークル生との関係などから、盗聴器の存在も推理できると思います。

そして終盤まで読んで、やっぱり予想通りではあったのですが、まさかこのままで終わったらちょっと拍子抜けだな…と思っていたとき、第2のトリックが炸裂。

読者と登場人物を同時に騙す第2のトリック。

これは大掛かりなもので、読者を騙し、さらに登場人物も騙すというすごいもの。これにはまったく気づきませんでした。しかし、振り返るとそれも一応、わかるかもしれない、というふうには書かれているんですよね。気づく人はほとんどいないと思うけど。

このトリックを仕掛けるために、わざと叙述トリックをわかりやすいものにして読者を引っ掛けていたのかとすら思ってしまうほどに見事。そして半分ずるい。

なんでこんなことに気づかないんだ?…とか思ってしまうのですが、読み返してみるとちゃんと登場人物たちの反応もそれなりに書かれているんですよね。

第3のトリックと物語の始まり、終焉。

そしてもう一つのトリック、というか仕掛け。舞台となる館自体に仕掛けられたもので、これは作者からの種明かしというか、理由付けのようなもの。それ自体には無理があるような気がするけど、この小説の雰囲気とかラストと相まってなかなか盛り上げてくれる。

その仕掛けによって物語は完結する。と同時に、それが発端でもあったかもしれないという仕掛け。

好き嫌いはあると思うけど、ちょっと強引にネタバラシをしている感じのトリックでした。

謎。

この小説は最後にひとつ、わからない点が残る。それは、最後の大学生が一体誰なのか。

その他にも、登場人物の名字が地名由来だったり、姓名のイニシャルが同じアルファベットだったり、「衣笠祥雄のような疲れ知らずの快晴」という野球関連の比喩が突然2回くらい出てきて違和感があったり、「訝しい」という言葉が多用されていて、1箇所にだけついているふりがなは「いぶかしい」だからいぶかしいであってるんだけどそんなに使うか?という疑問に思ったり。

→追記:同著者の別の短編集で、「おかしい」とルビがふってあるのを発見しました。つまりこれはやはり「おかしい」と読むべき漢字のようです。

いろいろおもしろい小説です。

感想

叙述トリックについては、意図的に知っている情報を隠蔽して読者を騙す、という恐れもあるのですが、この本では結構フェアだと思います。殺人発覚時に犯人が当惑するのにもきちんとした理由があるし。またもう一つのトリックにはほんとうに感心させられました。それもきちんと犯人発覚に結びついているのが偉い。

やっぱり突然明かされる血縁関係とか、隠し通路を使っての移動とか、殺人鬼ジョージとか、ちょっと無理があるような点もあるけれど、面白かった。

もっとたくさん死ぬのかな、などと不謹慎なことを思ったりもしたのですが、まさかあんなラストとは思わなかった。でも投げやりな感じはせず、ちょっと悲しい犯人の動機と、雨に降り籠められた洋館の恐ろしい仕掛け、それに対応するかのようなラストシーンで、意外とすんなりと受け入れられた。

個人的な理想の推理小説ではないかもしれないけど、この人のものは好みにあっているような気がするのでまた続けて読んでみたい。

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