映画「鳩の翼」感想。ヘンリー・ジェイムズの難解な長編をきれいに分かり易くまとめた良作。

「鳩の翼」(The Wings of the Dove)はアメリカの作家ヘンリー・ジェイムズの小説。ヘンリー・ジェイムズの兄は哲学者のウィリアム・ジェームズで、そちらも有名。夏目漱石の文学論に出てきたりもする。

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複雑な心理の動きを綿密に描写する作風。

ヘンリー・ジェイムズの小説には心理小説が多く、「鳩の翼」もそう。異文化の接触というテーマのものも多いが、かなりくどめの描写の作品が多い気がした。

夏目漱石の「こころ」とかも心理小説だと思うが、「鳩の翼」は心理っぷりの度合いが違う。心理描写が直接的な行動描写の数倍はあり、会話も1900年代当時の階級/社会を反映したまどろっこしいもので、比喩や曖昧模糊とした表現もたっぷり。それだけでなく文章自体も一文一文が長めで構文も複雑で、しっかり意識して読まないと字面だけ追って意味が入ってこない。読んでいて抽象画を見ているような感じで、この文体に慣れるまで時間がかかる。

昔、図書館で借りて読んで、内容は細部はだいたい忘れてしまったけど抽象画みたいな雰囲気の本だなと感じた。それから元の英語はいったいどうなってるんだろうと原本を読んでみて、最初の1ページで挫折した。そういえば訳者の親切心からか、各章の冒頭でその章で起きる出来事があらすじとして紹介されていたように覚えている。

物語自体は、男女の三角関係を軸にした恋愛もの。

鳩の翼の物語をものすごく大雑把に端折って説明すると、ケイトというイギリス女性と、マートンという新聞記者と、ミリーというアメリカ娘の三角関係。

ケイトは落ちぶれた貴族の娘で金がない。その婚約者のマートンも貧乏青年で金がない。ミリーは莫大な遺産を相続したが、重い病気を患っている。ケイトはたまたまミリーと知り合い、ミリーがマートンに気があるのに気付き、さらにミリーが不治の病で余命幾ばくもないことも知る。そして、マートンとミリーを結婚させ、マートンにに遺産を相続させようと目論む。

目的遂行のため、ケイトは二人を誘い一緒にヴェネツィア旅行に出かける。ヴェネツィアでケイトはわざとはぐれたりして、ミリーとマートンを一緒にさせる。ミリーはマートンの好意に喜ぶが、それが本心からの物ではないとうすうす感じている。マートンはミリーと親しくするにつれ、だんだんホントに好きになってくる・・・。

という、表層的な部分だけだとよくあるメロドラマみたいな話なんですが、ここに三人の周辺の人物の思惑やなんかも絡んできて、もう少し複雑です。この展開を回転率を上げてさらに二転三転させて転がすとアメリカの連続ドラマになり、登場人物の一人一人の心理のひだ、心の動きを丹念に描写するとヘンリー・ジェイムズになるんですね。

結末は悲しい、重苦しくもあり、でもさっぱりした感じもする矛盾したような印象で、この感覚こそ、こうした心理小説ならではの読み心地だな、と感じたのを覚えている。

映画版の長所、映像が綺麗で、とにもかくにもわかりやすいこと。

それをあっさり映画化したのがイアン・ソフトリーの「鳩の翼」(1997年)。映画って、小説のような心理描写ができないからどうなんだろう、と思ったが・・・予想を超えていい出来だった。

心理描写がしにくいという映画の欠点ではなく、直接見せることで簡潔に画面に語らせることができるという映画の良さを押し出して、晦渋な原作をばっさばっさと具象化していく。登場人物の立場も、お互いの関係も、お互いに対する気持ちも、はっきりと見て分かる。この辺は役者の演技もいいんだと思います。ちなみにケイトはヘレナ・ボナム・カーター、マートンはライナス・ローチ、ミリーはアリソン・エリオットが演じていて、ほかにもシャーロット・ランプリングやアレックス・ジェニングスなど、みないい演技をしていると思います。

ミリー役のアリソン・エリオットは昔シャンプーのLUXのCMに出ていて、美人女優なんだろうけど、この映画のミリーは最初あんまり美人に思えない。しかし、映画が進むにすれ、トーマスがミリーに惹かれていくにつれてだんだん可愛く見えてきて、最後に死ぬ時には後光が差しているように見える。

さらに後半、舞台をヴェネツィアに移してからは景色の美しさも引き立ち、そういえば歴史もの、コスチューム・ドラマとしてもよくできてるなーとさらに評価がよくなる。ヴェネツィアではサンマルコ広場やゴンドラや仮面舞踏会の夜景などロケ撮影で美しい場面をぽんぽん出してきて、見ているだけで楽しい。これは映画のほうが○。ヴェネツィアはあと10年で水没すると10年以上前から言われているが、最近では人口減少、物価高騰なんかでこのままでは水没しなくても危ないと言われているそうで、ひょっとするとこの映画もいつか、今は無きヴェネツィアの美しい景観を収めた作品として知られるようになるかも。

で簡潔に画面で見せて行きながらも、特にラストシーン付近では原作の「鳩の翼」の微妙なニュアンスが醸し出されている。

これが100分程度にまとめられているのも素晴らしい。

それと、気に入ったのはこの映画の上映時間。最近はちょっとしたアクション映画でも平気で2時間超えたりして、下手すると2時間30分も続いたりして、大作とかの場合しかたないんだろうけど映画は100分前後が理想と思っている私としてはいやな傾向である。その点、この映画は文芸大作をきっちり映画化して、それを101分に収めてしまった。この丁度いい長さに、拍手を送りたい気分。

  • 鳩の翼
  • (The Wings of the Dove)
  • 監督: イアン・ソフトリー
  • 1998年
  • 上映時間 101分
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