押切蓮介の「サユリ」。
これはおもしろいホラー漫画です。昔コンビニでたまたま手にとって、暇つぶしに買ったのですが面白かった。
お話としてはよくある呪われた家、あるいは家に取り付く悪霊、というネタです。「ヘルハウス」「シャイニング」「悪魔の棲む家」「ポルターガイスト」「呪怨」「残穢」という、その分野の名作もたくさんあります。
コンパクトにまとまった呪われた家ホラーの秀作。
「サユリ」は漫画で、全2巻で完結しているというその短さがまず優れた点ですね。映画も小説も1作には代わりありませんが、漫画で全2巻というのは、体感的には短編小説的な速度感です。そして、その中できっちりと起承転結、始まりから終わりまで間断なくストーリーを展開させてくれます。
さらにその進行が容赦ない。「サユリ」と比べると他の凡百の怪談がまどろっこしくて仕方ないようにさえ思えます。これは決められた長さの制約もあり意図的にやっていることでしょうけど、例えば古色蒼然たる怪談を突き詰めていくスタイルで怖さを醸し出した「残穢」と比べると「サユリ」のスタイルは真逆。
ホラーはこうあるべき、という潔さ。
まず、家の災いがあまりにも直截的に主人公一家に襲いかかってきます。それも具合が悪くなるとか不幸なことが起こるとかそんなどうでもいいことではなく、主人公一家がばたばたと死んでいく。この死にっぷりはすごいと思いました。と同時に、ホラー小説、ホラー漫画、ホラー映画はこれでいいのだとよくわかりました。
読者投稿の怪談ものとか読者投稿風のビデオとか、雰囲気だけで結局なにもない(あるいはフェイク映像でお茶を濁す)他愛もないネタに飽きたら、是非この漫画を読んで本来のホラーの展開を思い出しましょう。
最も簡単な形で脅威を見せるにはその脅威に人を殺させればいい。少なくとも途中で眠くなるような話にするよりは、この直截的なやり方のほうがいいのでは、と思います。霊が出る、という噂の廃墟に行ったのなら、霊に呪い殺されるべきなんです。ホラー的には。
全編、後編ともにテンポのいい展開で無駄がない。
そして、その後の後編の展開もいい。この手の話の場合、大抵、主人公がなにか特殊な力の持ち主の助力を借りて呪いの原因を探り、最終的にそれを解決したり、あるいは解決できなかったりするのが定番です。この漫画もそうなんですが、その方法もまったくストレート。
具体的には、一家の半ボケ状態のおばあさんが一家の危機に遭遇して突如覚醒し、一家を苦しめる悪霊をほとんど腕力でねじ伏せる。
この展開は一見乱暴なようでいて、おばあさん側の理屈も割と筋が通っていて、それほど不自然な感じはしません。むしろおばあさんの活躍によるスピード感はアクション俳優としてのリーアム・ニーソン的な爽快感を感じさせてくれて、全2巻の限られた枠を全力疾走する心地よさを感じさせてくれます。
無駄に引っ張らない幕切れもいい。
そして最後は下手に後を引くようなことも、最後に悪霊が復活する予兆を見せることもなく、綺麗サッパリと完結。しかし、忘れてはいけないのは、結局主人公の家族はみんな死んでしまったということ。その事実が覆ることはなく、爽快とも思える展開の後に残るのは、やはり悲しみです。ここでも作者が主人公一家を仲のいい家族として描いていることがなんともいえない余韻を醸し出すことにつながっていると思います。
そういうわけで、「ミスミソウ」ほどドス黒くなく、かといっておちゃらけている訳でもない読み切りホラー漫画として十分おすすめできる良作、「サユリ」の紹介でした。特に大したことが起きるわけでもない怪談物とか、呪いのビデオみたいなやつとかに飽き飽きした人にはおすすめです。