「エコープラクシア 反響動作」の感想。

ハードSF小説「ブラインドサイト」のまさかの続編。単発で終わった話だと思っていたので続編が出ていてびっくり。つい買ってしまった。

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エコープラクシアのおおざっぱな感想。

読んだ感想は、やっぱり相当おもしろい。理解したかと言われると理解できてないんだけど、小説内で扱われる議論もおもしろいし、人知を超越したもの同士の駆け引きも面白い。

小説に求めるものは人それぞれ、アクションシーンやロマンスなどさまざまだろうけど、SFの場合、現実にはまだないギミックを多用した世界を垣間見ることができる点にわくわくする事が多い。この小説では単に近未来の世界をぽんと提示するだけではなく、終盤ではさらにその先に待ち受けている世界を示唆しているんだけど、それがありふれたSFとは一線を画するものでとても興味深いのでした。

あまり気宇壮大な小説だと、壮大な理屈を打ち立てていても結局最後に尻すぼみになってしまって興ざめになることがありますが、この小説ではそこここで繰り広げられる思弁的会話が楽しめるだけでなく、終盤の光景は物語の結末にふさわしい黙示録的な雰囲気をかもしだしているし、その結末も非常になんというか、「達成感」があります。「超越人類」たちの様々な謀略のはてに、ようやくここにたどりついたんだな…というか。

物語はそこで終わるのですが、すべては超知性たちの計画通りだったのかな…という感慨のようなものが胸中に広がっていきました。その後どういう世界が来るのかはわからないのですが、続編はこれまでとはまったく違う世界の物語になってしまいそう。

感想2。

物語の構造は前作とよく似ている。登場人物の設定もよく似ている。ただ前作よりも舞台、ネタともに広がっているし、きれいにまとまっていると思う。

前作は、突如現れた宇宙人と覚しき存在の正体を探るため、選ばれた5人の乗組員が宇宙船テーセウスで宇宙に向かう。そして、宇宙船内で異星の生命体に遭遇するという話。表面的にみれば映画「エイリアン」だけど、エイリアンと戦うのが主題ではなく、テーマは意識とはなにか。さらに、立ち向かう人類側登場人物も全員普通の人じゃない改造済みの「超人類」。さらに人類を超越した存在として吸血鬼が登場するという、いろいろ満載の話だった。

本作でも宇宙船内部が主な舞台なのは同じで、そこで異星生命体に遭遇するのも同じ。そこに至るまでに神、意識、自由意志などについての議論が交わされ、それが面白い。

とくに神についての議論は古臭いものではなく最近の科学的見地を取り入れた説明になっていて、アメリカとかでは反感を買ったりすることもあるのかもしれないけど、日本ではすんなり読めそう。

さらに異星生命体がクルーの生命を脅かすというお約束の展開になるんだけど、そのへんのアクションシーンというか緊迫感も普通にきちんとしている。前作では「見えない敵」が登場して、なんで見えないのかといった科学的説明なんかも面白いかったけど、今回はそれに加えて吸血鬼のヴァレリーの怪しい行動が表面的なサスペンスを増している。とはいえ、これをそのまま映画化して面白いとは思わないけど。

あと前作続けて気に入っているのは、著者が生物学者であるせいか、登場する生き物の生物学的特徴なんかがけっこう詳細に描かれている点。遺伝子とか、その動作原理とか。

細かな設定は単体で見るとどれも実現可能そうなものに感じます。それから地球の電力不足とかも、ありえるなーとか思いながら読みました。

主人公ブリュクス。

主人公ブリュクスは普通の人で、作中ではベースラインと呼ばれる。いわば旧型の人間で、普通はこうした人は何らかの拡張を行って、機能を高めている。ただ、ブリュクスはスマートドラッグみたいなものを飲む程度でハードウェア的な拡張は何もしていない。

砂漠で世捨て人のようにフィールドワークをしていたブリュクスはあれよあれよといううちになにかの抗争に巻き込まれ、気づいたら「茨の冠」という宇宙船に乗って宇宙に旅立ってしまっていた。

その他の乗客はほとんどが肉体改造の末に人類を超越する知性を備えた超人類、あと吸血鬼のヴァレリーで、ブリュクスにはなぜ自分がここにいるのか、この船がなんのために宇宙にきたのか、さっぱりわからない。

周りはすでに言語とか超越した知性の持ち主で、そういうのに比べるとブリュクスいわばチンパンジーみたいなもの。語り手がそんななので、読者も当初はなにがなんだかさっぱりわからないんだけど、徐々に目的が明らかになってくる。そして目的地(だったらしい)イカロスに到着し、謎の生命体(ポルティアと呼ぶ)に遭遇してから、また物語が急展開を始める。

ブリュクスはブリュクスなりに思考し、行動するわけですが、結局は超越知性たちの考えていることなどわからず、最後の最後にようやくどういうことだったのかを理解するわけです。さらに、単に巻き添えを食ったように思われた自分の参加は、なにもかも頭のいい人の立てた計画通りだった。ここには二重の意味で自由意志が錯覚である、という「事実」が提示されているように思えます。

吸血鬼ヴァレリー。

この連作で最も興味深いものの一つが、吸血鬼の存在ですね。それも比喩的なものではなく、昔から伝説で語られてきた吸血鬼。更新世に存在し人類を捕食していた吸血鬼は、十字を見ると体が硬直するという欠陥を抱えていて、そのために絶滅した。それを遺伝的操作で現代に蘇らせた、という設定。人類を遥かに超越した知力・体力の持ち主で、人にとっては凶暴で理解不能な恐竜みたいなものですかね。

この吸血鬼の設定が面白い。両球派は脳を癌細胞を利用した神経伝達物質に置き換えることで超知性を獲得し、さらに集合精神を獲得した。しかし、個としては極めて脆弱になった。その両球派が世界の特許の半分を独占し、国家から目をつけられているという設定なのですが、吸血鬼は同類同士の行動を完全に推測し、完全な連携行動ができるという点で、ある意味両球派を超えているかもしれません。

そんな吸血鬼ヴァレリーがなんで両球派と一緒に茨の冠にやってきたのか。さらに、ブリュクスを生かしておく目的はなにか。その理由も終盤で明らかになります。

リアンナ・ラッターロッド

両球派に所属し、かれらを信奉するリアンナが主要登場人物のなかで最初の犠牲者になるのは、信仰にたいする著者の皮肉の現れなんでしょうか。

分かりづらさ

前作も含めて、わかりにくいという評価があります。

文章としては、とくに分かりづらい点はない。たくさんの参考文献が示されているけれど、本文のどこをとってもそれらから得られた見地がふんだんに盛り込まれているのは前作と同じ。といって、文章がギクシャクしていたり不自然なところはない。ハードボイルド小説的な比喩が多用され、文章はテンポがいい。ただ、それがすべて一人称で語られるため、若干情景が分かりづらいところがある。また人物の行動理由などが謎な点が多々あるけれど、そのための一人称視点で、わざとだと思う。

この本での分かりにくさは、一つには「茨の冠」内の位置関係、イカロスの位置関係など、舞台となっている場所がどこなのか、どういう構造なのか分かりづらい点。位置関係の分かりづらさにについては、上巻冒頭に茨の冠の外観図が掲載されているのでこれを見ながら読むとだいぶ軽減されます。

イカロスは慢性的な電気不足に陥った地球に電力を送信するため太陽付近に設置された巨大な発電装置みたいなもので、反物質を生み出して地球に送信しているとかなんとか…ようするに別の巨大な宇宙船で、そこにポルティアがいるということくらいがわかれば十分。

思想的な分かりづらさについては、結構長めの作者の参考文献の紹介を読むことである程度カバーできると思います。ほかに、関連項目について読みやすくて面白いノンフィクションがたくさんあると思うので、そういうのを読んでいるとよりすんなり読んでいけるかもしれない。

例えばデジタル物理学については、ちょっとずれるかもしれませんが「宇宙を復号(デコード)する」(早川書房)という本それに近い部分を扱っていて、それだけでなく非常に面白かった。自由意志(というか、そんなものはないという作者の主張)については、「あなたの知らない脳」(ハヤカワ・ノンフィクション)を読むと参考になります。

最終章の分かりづらさ

全ての目的が明かされ、多くの謎が解明される最終章。にもかかわらず、語り手である主人公が最も無知かつ部外者で、種明かしについてわかりやすく対話をする相手も存在しないので、もっとも重要なのにもっとも分かりづらくなっている部分かもしれません。ここについては、解説で簡潔にまとめられているので、なんだったら解説を読んだあとで再読することをおすすめします。

続編について。

読んだあとで再読、あるいは前作「ブラインドサイト」を読み返したくなる本書ですが、著者のピーター・ワッツは現在続編Omniscienceを執筆中だそうです。