「高慢と偏見、そして殺人」の感想。高慢と偏見(自負と偏見)の続編で、ダーシーとエリザベスが殺人事件に巻き込まれます。ドラマ化されてます。

P・D・ジェイムズが90歳をこえてから発表した作品。それだけでもけっこうびっくりなんだけど、それがイギリス文学の傑作「高慢と偏見」の続編ということでなおさらびっくり。

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高慢と偏見とは。

「高慢と偏見」についてざっと説明。ジェーン・オースティンという女性がかいた小説で、貴族間の身分を超えた恋愛/結婚を描いた恋愛喜劇です。中流階級の5人姉妹の次女エリザベスが自分ちよりも高収入でちょっと上流階級のダーシーという貴族と出会い、互いに反目し合いながらも徐々に惹かれ合う様子が、他の姉妹の恋愛模様も含めて騒々しくコミカルに描かれています。

イギリス文学の授業なんかでは必ずでてくる有名な小説なんですが、すごいのは200年以上前に書かれたものなんですが今でも普通に人気があって、普通に読まれているということ。

なぜかというと、今読んでも普通におもしろいから。オースティンの作品にはほかにも「エマ」「分別と多感」などがあって、どれも恋愛小説で面白いものが多い。オースティンは文学史ではわりと軽く見られているような気がしますが、イギリス文学のなかでは堅苦しさがなく、古典というよりは楽しめる小説としてダントツの人気があるのではないかと思います。おそらく、シェイクスピアに次いで読まれているのでは。

聞いた話だとイギリスでは毎年よく売れているそうです。イギリスではドラマにもなっているし、何度か映画化もされています。ダーシーをコリン・ファースが演じたBBCのミニシリーズはかなり出来が良くて面白かった覚えがある。映画では、大昔にローレンス・オリヴィエがダーシーを演じていたほか、「プライドと偏見」ではダーシーをマシュー・マクファディン、エリザベスをキーラ・ナイトレイが演じていました。「エマ」もグウィネス・パルトロウ主演で映画化されてましたね。

で、人気作なんで勝手な続編もいろいろ書かれてるのですが、「高慢と偏見とゾンビ」みたいなオリジナルを元ネタに使った異色作もある一方、水村美苗の「続・明暗」みたいに真面目に古典の続編を書こうとしたものもあります。ダーシーを主人公に据えた連作もあって、けっこう人気があるらしい。

高慢と偏見の、ミステリ仕立ての続編。

この「高慢と偏見、そして殺人」はどうかというと、ちょっと異色作になるのではないでしょうか。というのも、P・D・ジェイムズはミステリの名手。冷徹な筆致で殺人事件を描くジェイムズと感情ゆたかで皮肉っぽく笑える文章のオースティンとではまったく水と油みたいに思えます。間抜けな人、馬鹿な人はいるものの基本的には平穏無事なオースティンの世界に殺人事件をもたらすという発想が、なかなかおもしろい。

冒頭、作者の覚え書きを読むと原作、原作者に敬意を払っているのがよくわかります。

プロローグは高慢と偏見のあらすじも含め物語の背景を教えてくれるのですが、ここではちょっと原作っぽくからかうような筆致でエリザベスとダーシーの顛末を語ってくれます。つまり、実際にはエリザベスはいろいろな紆余曲折を経て最初はいけ好かなく思っていたダーシーと結婚するわけですが、ここで記されるのは実は最初からダーシー狙いだったんだろう、という近所の住民の妬み嫉み・憶測に基づいたストーリーになっています。

原作読者にとってはちょっと笑える箇所ですが、翻訳もそんなにノリがいいものではないので未読者には伝わらないかもしれません。

プロローグのあとは第1章になりますが、プロローグと同じような説明的な文章で同じテンポで進んでいくのが最初心配になります。が、その後はちゃんと小説としてお話が進んでいき、舞踏会の準備後程なくして殺人事件が発生します。

殺人容疑をかけられたのはなんとウィッカム。5人姉妹の末っ子リディアと駆け落ちするという不名誉な行為をし、ダーシーに金銭面で尻拭いをしてもらってリディアと結婚したイケメンダメ男。軍隊で活躍したようですが負傷し、現在は職が長続きせずビングリーとダーシーの援助で暮らしている。

殺されたのはウィッカムの親友のデニー。ダーシーの領内の森で、デニーの死体にすがりついて泣いているウィッカムが発見されたのでした。

本格的な推理小説、というわけではなさそう。

ここから推理小説になるのかな、とおもいましたが、推理小説的な要素、謎解きなどはほとんどありません。ダーシーが探偵役で事件を調査するのか?とも思いましたが、ダーシー自身が治安判事であり、自分の敷地内で起きた事件は自分では担当できないということで、むしろ調査される側でした。

そのかわりに他の判事が関係者に聞き取りをし、死体の検視が行われ、操作が進められていきます。

この辺の昔の警察捜査がどのようなものだったかが興味深いです。血液も誰のものか識別する方法はなく、指紋もない。

ただし検死はきちんと行われ(ダルグリッシュシリーズから抜け出てきたような医師が意外なほど現代的に綿密に遺体を調べます)、被害者の死の様子が明らかになっていきます。このあたりはなかなかおもしろい。

そして名探偵の調査や推理や秘密のトリックなどはなく、事件はそのまま検死審問とその後の裁判へ。クライムノベルとしては裁判のあたりが一番盛り上がるように思います。証人たちが次々に証言していくだけで、その後はすぐに陪審員たちの評決。仕組みは現在の英米の法定と同じようです。はたしてウィッカムは無罪なのか有罪なのか、デニーを殺したのは彼なのか。

原作の雰囲気はでてます。

殺人が主題となっているためか、原作のちょっと抜けた人々とは相性が悪いようで、メアリーやベネット夫人はほとんど登場しません。ダーシーのいとこフィッツウィリアム大佐やダーシーの妹ジョージアナが重要なキャラとなり、他にもペンバリー館の召使いたちも登場します。

内容では原作っぽい感じはあまりしませんが、エリザベスとダーシーの心の内がわりと綿密に描かれています。殺人事件とその対応に追われる二人は原作とはまた違った側面を見せてくれていると思います。とくにダーシー。それから、エリザベスとダーシーとの間で交わされる会話は部分的には高慢と偏見の再演とも言えるかもしれない。個人的には、シャーロットの行為が復讐だったのかもしれない、というエリザベスの新しい考えが面白かった。

それから、読書好きのベネット氏はダーシーとも気が合うジェントルマンとして描かれていて、ちょくちょくペンバリー館を訪れては立派な書斎で読書に耽っています。ベネットの弟夫婦、ロンドンのガーディナー夫妻もまともな人として扱われる。

その他、物語のバックグラウンドとしてはイギリスとフランスとの戦争があり、また新天地アメリカの存在もほのめかされたりして、時代が動いている雰囲気が伝わってきます。

ミステリとしてもそつなく仕上がっている。

ミステリとしては、まあこういうものかな、と思います。いきなり最後にきてバタバタと真相が明らかになるんですが、伏線もちゃんとはってあるし、矛盾もなさそうだし、レッドヘリングもあるし、解決はほとんどご都合主義ではあるものの、構成はよくできています。

一つ疑問なのはリディアの存在がほとんど無視されていること。事件当時、直前まで容疑者、被害者と一緒にいた彼女が証言を求められないのはなぜ?彼女は半狂乱の様子でペンバリー館に到着したあとは、ラストまでほとんどでてきません。

それから裁判の場面で検察官のミスター・カートライトがどこからともなく突然現れたようになっているのは、書き方としてはちょっと不親切だと思う。

まとめ

という点はあるものの、全体としてみればなかなかおもしろいと思いました。P・D・ジェイムズとオースティン両者のファンなら当然読むでしょうが、オースティン好きなひとも楽しめるんじゃないでしょうか。ただし原理主義的な人には受け入れられないかもしれません。

それから、ミステリーとしてはP・D・ジェイムズはそもそもトリックなんかより登場人物の心理描写に重きをおいているので、本格推理小説を期待するのは間違っています。

同時代のイギリスを舞台にしたものでは、ロンドンが舞台の「開かせていただき光栄です」が面白いのでミステリファンにはそちらのほうがおすすめ。「高慢と偏見、そして殺人」は、やっぱりファン向けの小説ということになるかと思います。

ちなみに、BBCではすでにドラマ化されていますが、現在日本では見られないようです。BBCのサイトでショートクリップをみることができます。ダーシー役はマシュー・リース、エリザベスはアンナ・マクスウェル・マーティンで、主に舞台とテレビで活躍してるようです。クリップを見ると原作を脚色してテレビらしく場面を増やしているようで、こちらもなかなか面白そう。

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