「C市からの呼び声」の感想。ちょっと笑えるクトゥルフホラーで、酔歩する男、玩具修理者の続編でもある。

小林泰三の原点とも言える「玩具修理者」。日本ホラー小説大賞の短編賞をとったこの短編、実は思いっきりクトゥルフ神話体系に組み込まれたお話でした。けっこう売れてる本だと思うのですが、日本のクトゥルフものとしてはかなりメジャーなお話なのではないでしょうか。

他の小説でもそこここにクトゥルフの影がちらつく小林泰三氏ですが、氏が正面からクトゥルフを描いたのが「C市からの呼び声」です。この本は描き下ろしの「C市に続く道」という中編に、以前発表された「C市」という短編を加えて一冊にしたものです。「C市に続く道」はタイトル通り「C市」の前日譚になっています。

そしてこの二作、「玩具修理者」だけでなく、「酔歩する男」とも共通する世界で描かれる独自のクトゥルフワールドが展開されます。

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C市に続く道

おどろおどろしい雰囲気で始まった、と思ったのもつかの間、笑える中編に仕上がっていました。クトゥルフという脅威を描きつつも、いつものように噛み合わない会話による笑いが混在。

超序盤、最初にC市の特異性を描写しているところからして笑いの要素が入っているように 感じます。C市でとれる気味の悪い魚の調理法や食べ方の紹介があるのですが、それが通の食べ方などまで紹介されてくると気味悪さ、怖さとは別の微妙な雰囲気が漂ってくきます。さらに、そこの住民が因襲鱒顔などと揶揄されている、というあたりでこれはパロディなのでは、と思ってしまいました。

ここまでは私が過敏なのかもしれませんが、その後に登場する松田竹男くんは完全に漫画の登場人物のような性格だし、そこに博士が登場して二人で噛み合わない会話を展開し始めるとこの中編はコメディなんだとだれもが納得できると思います。

博士がひたすら論理的判断を尊重するのに、結果として論理を無視しためちゃくちゃな展開になってしまうあたり、クトゥルフという存在の不条理を表現している一方、単純にギャグの手法でもあります。あと、唐突にネクロノミコンが出てきたり、イブン・ハジの粉が出てきて博士が奇妙な踊りを踊ったり、やっぱりどう考えてもコメディです。なお、この話には博士が何人か登場します。

松田竹男くんが持っている装置が血沼壮士による時間に関する研究に基づいたものだったり、この小説は「酔歩する男」と連続する世界観のうえに成り立っています。さらに、もっとすごいのは骨折博士の過去の体験。こっちは「玩具修理者」につながっていて、つまりこれは「玩具修理者」の続編でもあるわけです。

単発のクトゥルフ神話ものに見えて、実はすべて同じ世界の話というのも実にクトゥルフらしいし、たんなるラヴクラフトの亜流ではなくて一種独特な小林泰三ならではの世界観を構築しています。

ところどころコミカルに進んでいくお話ですが、骨折博士の回想シーンあたりからちょっと雰囲気が変わってきます。そしてその後は、なんと巨大生物のバトルという予想外の展開に。その後の締めくくりは酔歩する男と似た感じのSF的要素がありつつ、しっかりクトゥルフホラーに落ち着くのでした。

C市に続く道の感想まとめ。

ホラーなんだけど笑えるクトゥルフものというこの独特な面白い世界観を大切にしてほしいと切に願います。仰々しい恐怖を生真面目に追求するあまり、客観的にみて笑えるものになってしまうというのはありますが、この本のようにきちんと計算された笑いを入れてくるというのは意外と難しいような気がします。しかも、物語のベースはしっかりホラーなのに。

「水瀬陽夢と本当はこわいクトゥルフ神話」という漫画が、ノリとしてはちょっと近いかもしれない。あそこまでギャグ漫画ではないし、物語の規模も性質も違うもののちょっと似ているところがあるような気がしました。

「水瀬陽夢と本当はこわいクトゥルフ神話」って、amazonでみたらけっこう低評価の人がいるんですね。ニコニコ動画が元ネタだとは知らなかった。個人的にはリアリティとかそういうのは気にしなければ、まあまあ面白かったと思います。

C市

続いてはC市です。

C市に続く道のあとの出来事を描いたお話ですが、発表されたのは前です。作者あとがきでもかかれているように、どっちから読んでも構わないと思います。読む順番で損なわれる点はないと思います。

前半は、C市という謎の街、それとCについての概説が続きます。この部分には作者の基本的な科学的知識を重んじ、いわゆるトンデモや似非科学を排する態度がそこはかとなく示されているように思えます。その上で、Cという科学では説明のつかない怪異が出現する。

Cという謎の現象について、さまざまな災厄が予想されるもののどうすればいいのかについては識者の意見が一致せず、対C強硬派と様子見派にわかれ科学者感でも対立が深まります。

そして積極的に攻撃すべきと考える科学者たちの指揮のもと、C市が作り上げられます。ここはCに対抗するため莫大な予算を投じて街全体を研究施設にしてしまったというとんでもないもので、市の住民もほぼすべて職員。ここで対Cの最終兵器として作り上げられたのがHCACS。

おおまかにいって、このHCACSをまつわる短編と言っていいと思います。これがまた、自律的自己増殖的兵器という代物で、兵器と言ってもなぞの有機質を内包していて血管やら内臓やらをずるずる引き伸ばして、そのうち自走もし始めるというとんでもないやつです。

これの制作を指揮しているのが、「C市に続く道」でも登場した博士。どちらにも登場する人物が複数いて、それぞれ両短編での意識に若干のずれがあるように見える理由は、「C市に続く道」のラストらへんで説明されていると思います。

「C市」の感想。

なかなかよくまとまっていて、短編小説としてのオチもいいと思いました。グロ要素はそんなにありません。

「C市に続く道」に比べるとギャグや笑いはなく、わりと淡々とした筆致で物語が進みます。それも、クトゥルフ神話ものらしいラストになかなか似合っている感じです。

 

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