アメリカン・ゴッズ 第3話「幻覚」の感想。大胆なベッドシーンがあります。

amazonプライムで見られるニール・ゲイマン原作のドラマ「アメリカン・ゴッズ」。

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第3話「幻覚」の感想です。

紹介される神その1、アヌビス。

今回も冒頭で神様が紹介されます。エジプトの死神、アヌビス。このシーンはかなり面白い。ある女性(この人も移民)が台所で転んで死んでしまう。しかし、本人はそれに気付かず、料理作りを続ける。そこにアヌビスがやってきて、「あなたはすでに死んでいます」と告げる。

その後の二人のやりとり、女性の淡々とした受け答えがが面白い。たしかに、あなたはこれから死にますって言われたらうろたえるかもしれないけど、もう死んでいますっていわれると、仕方ないからね。

その後二人はアパートのベランダに出て、非常階段みたいなのを登っていく。階段はどんどん高くなり、いつのまにか二人はアパートのベランダではなく、エジプトとか中東を思わせる乾いた絶壁を登っている。やがて頂上にたどりつくと、そこはには見渡す限りの砂漠が広がっている・・・。

この日常から非日常への飛躍は魅力的な場面です。それから女性は「死者の裁判」にかけられ、自分のその後の行き先を告げられます。秤にかけるのに心臓を抜き取られて「まだ使ってたのに!」とかいうところとか、自分のしでかした悪行(最初のボーイフレンドに冷たくした、とか)をいちいちいうのもおかしい。

ところで、この女性はムスリムですが、イスラム教徒の死に際してなぜアヌビスがやってきたのか。それは、この女性が最後までエジプト神話のことを忘れなかったから。祖母に聞かされたエジプトの物語を覚えていた、そのお礼にアヌビスは審判の場所まで案内することにしたのでした。

つまりアヌビスは自分を信仰してくれたことにお礼をいいに来たんでしょう。これも、神々は信仰を糧に生きているというのがよくわかるエピソードです。そして、物語を覚えていたという程度で信仰の代替になるくらい、ほんものの信者が減っているのでは、ということも匂わせます。

それから、第3話ではもう一人の神が紹介されます。この場面も、別の意味ですごい。

紹介される神その2、ジン。

次に紹介されるのはジン。ランプの精として有名ですが、このドラマではタクシーの運転手でなんとか暮らしているという有様。そのタクシーに、同じように中東からの移民としてやってきたものの職も見つからずあえいでいる青年が乗車。サリムという青年は、疲れ切って信号待ちの間に居眠りしている運転手をそっと起こしてやり、そのとき、運転手のずり落ちたサングラスの奥の目が文字通り燃えさかっているのを見て、彼がジンであると気付く。

「昔、祖母が砂漠の外れでイフリートか、それともマリードを見たと言っていた」

「おれは願いなど叶えない。そんなことができれば、タクシー運転手なんかやっていない。こないだの客なんて、座席にクソを漏らした。おれが掃除をしたんだ。こんなのってありか?」

「ありじゃない」

そういってサリムがもう一度タクシー運転手の肩に手を乗せると、運転手も手を重ねてくる。自分のアパートに着くと、降りる間際にサリムは運転手に自分の部屋番号を告げる。すぐに次の乗客が乗ってくるが・・・次の場面では二人そろってエレベーターに乗って、サリムの部屋に向かっています。それから、男同士のベッドシーンが始まります。

ふたりが結ばれながら故郷の砂漠を感じる場面はなかなか幻想的です。が、この場面、第1話のビルキスのベッドシーンも大胆でしたが同じくらいかそれ以上に直接的ですね。その唐突な展開とあいまって驚かされること間違いなし。一緒に見るあいてはよく考えましょう。

この前の場面ではレプラコーンが登場しますが、そこでも唐突な死がけっこうグロく描写されます。どうもこのドラマはそういう暴力表現、性的な表現を規制せず、必要であれば躊躇なく描写する方針のようです。ベッドシーンにしても扇情的な目的のものではなく、まあ神話にはセックスと死はつきものですからね。

さて、サリムが目を覚ますと運転手はもういません。しかし、ベッドには運転手の着ていた服と、タクシーの鍵があり、アパートの前にはタクシーもあります。「おれは願いなど叶えない」といいつつ、サリムに別の人生を用意してやったわけですね。サリムはさっそくジンの代わりにタクシーに乗り込みます。

ジンはどうしたのかというと、実は第2話にちらっと登場していました。時系列的にはこのジンのエピソードは少し前の話になるようです。

ジンが「おれは願いを叶えない」って言うのはどういうことか。これはつまり、「アラジンと魔法のランプ」のお話があとから作られたお話に過ぎない、っていうことを言っているんだと思う。元々の「千夜一夜物語」には入っていない、だれかが勝手に作り上げた物語だそうだ。それが有名になったのでジン=願いを叶えるランプの精というイメージが一人歩きしてるが、ジンとは要するにアラブの精霊の総称で、願いを叶えると言った性質のものではないようです。

本筋も進みます。

神様のエピソードだけで十分面白いのですが、本筋ももちろん進行します。といってもシャドウは相変わらずわけのわからないまま、ウェンズデイに引き回されている状態。

シャドウはチェッカーの勝負に負けて絶体絶命ですが、頭をかち割られるのは夜明けなのでまだ時間がある。ソファーに横になったシャドウは、夢かうつつかわからないうちに三姉妹の末っ子ゾリャー・パルノーチニャヤに出会い、無くした金貨の代わりとして幸運の銀貨をもらう。

その後シャドウはチェルノボグに対し、老いぼれだからハンマー一発じゃ仕留められるか不安だろ?などとけしかけてもう一度チェッカーの勝負を挑み、今度は見事勝利する。一発殴られるのは取り消せないが、その前にチェルノボグはウェンズデイに従ってウィスコンシンに向かうことになる。

途中、シャドウとウェンズデイの「銀行強盗」のエピソードがあるのですが、そこでシャドウは雪が降るよう念じてみろと言われる。言われたとおりに念じると、本当に時季外れの雪が降ってくる。その事実がずっと信じられないシャドウに向かって、ウェンズデイが言う。

「それを信じると言うことは、自分は不可能を可能にする男だと信じることになる。・・・君は愛を信じているか?・・・信じてから世界が変わったろ」

何かを信じる、ということは神への信仰にもつながります。信じるということがこのドラマのテーマになるみたいですね。

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