「アメリカン・スナイパー」の感想。戦争礼賛とは思えない。

原作の著者は熱心な愛国主義者で、従軍経験を誇りに思い、大儀があれば戦争で戦うのはやむを得ない、戦争で悪いやつをやつけるのは素晴らしいことだ、という思想の持ち主だったようなので、自伝の内容はややもすると戦争bannzaiと受け取られかねないものだった。現実的には、イラクに大量破壊兵器はなかったとされた現在、戦争に大儀があったのかどうか、相当疑問視されている。そういう状況で読むとこの本の著者の主張はずいぶん脳天気に感じられるけれど、悪気があるわけではなく、たぶん本当に脳天気なだけで、心から国を愛していたんだろう。

クリント・イーストウッドの映画版は賛否両論物議を醸したようだけど、むしろ原作の揚げ足をとられそうな場所を慎重に取り除きなるべく公平、中立な視点で描こうとしている。それは原作とくらべるととてもよくわかる。

ひとつは主人公の描写。

原作を読んでいると、愛国精神に溢れた立派な兵隊かつお父さんだなという印象を強く受ける。で、その印象が最初から最後まで変わらない。映画版の、入隊前の脳天気なアメリカ万歳お兄さんだった主人公が最後まで貫徹している感じ。それに対して映画では、主人公が戦闘で躊躇し、苦しんでいくのが客観的によく分かるようになっている。

映画の方針が一番わかりやすいのは映画冒頭、主人公がライフルの照準を女性にあわせて引き金を引くかどうか逡巡する場面。原作では同じ場面で「武器を持ってたら敵。ためらうことはない」とすっぱり割り切っているので、立派な兵隊さんだなあという印象しか受けない。対して映画では果たしてスコープに映るイラク人は「敵」なのか民間人なのか、敵だとしても女性や少年を殺すことができるのかと緊張感を盛り上げている。また主人公がそうした緊張を常に強いられていることがよく分かるようになっている。

原作でも、主人公は戦闘のせいで体調不良になったり故郷でも家族とうまくいかなくなったりするけれど、そうした苦しみの帰結としてやはり戦争で敵を倒してよかったという点にたどり着く。それが強がりで、弱みを見せないためのポーズなのかもしれないというのが映画を観るとよく分かる。

原作は一人称の自伝なので、客観的な状況に関わらず著者の主張、内心の声が前面に出てくる。映画では、内面はどうあれ生活に支障をきたすほどおかしくなっていく様子が客観的に描かれて、同じ主人公を描きながらも原作と映画ではだいぶ印象が違う。

それから映画では原作にはない戦争についての批判的視点を取り入れていると思う。

原作では、戦争そのものの是非を問うことはなく国のために敵を倒すのは当然といった調子で前編綴られるんだけれど、映画ではそこから一歩視点を広げて、戦争そのものを俯瞰で眺めている。主人公と同じく入隊した弟とたまたま基地で出会い、(兄のように優れた兵士でない弟にとっては)軍なんて最悪だと言われるシーンとか。

こういう点から、映画は「イラクはアメリカの敵、敵を倒すのは当然」、といった原作の単純な視点から脱して、公平な、というよりもむしろ反戦的な観点を加えた作りになっているのがわかる。

なので、この映画が戦争礼賛かどうかで論争を巻き起こしたりしているのが不思議。だって、どう考えても戦争礼賛といったニュアンスは感じられないから。

戦地に取り残されたアメリカ兵は必ず救出に戻る、ノーワンレフトビハインド、みたいな映画ばかりだった中で、クリント・イーストウッドの「父親たちの星条旗」が軍艦から海に落ちて救出もされない兵士を通じて戦争の非情を描いていましたが、この映画にもそこと同じものを感じました。

おそらく、戦争映画で人が死ぬことそれ自体がもう許せない、そもそもデタラメな理由で始まったイラク戦争なのに、そこでかっこよく人を殺す場面があることそれ自体が許せないという、戦争反対原理主義者的な人たちがこの映画に反対してるんじゃないかと思いました。でも、たとえ大儀のない戦争だったとしても、仲間のために一生懸命戦ったことは讃えられるべきじゃないのか。それとも、そんな戦争に関わった時点で全員頭を垂れるしかないんだろうか。映画を見る限り、主人公の活躍はしっかり描かれながらも、それが戦争の肯定につながっていないことは明らかだと思いますが。

なお敵役に元オリンピックの射撃選手というスナイパーが出てきます。これは実際にいた人だそうですが、原作では存在は知っていたけど交戦したことはなかった、と書いてありました。映画では敵側のスナイパーとして主人公のライバル的に対決して映画を盛り上げます。そんな風にフィクションの要素もいれて盛り上げるところは盛り上げていて、楽しめます。

  • アメリカン・スナイパー
  • (American Sniper)
  • 監督: クリント・イーストウッド
  • 2015年
  • 上映時間 132分
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