ロバート・M・パーシグ「禅とオートバイ修理技術」感想

今朝知った、ロバート・M・パーシグさんがなくなったそうです。享年88歳。

「禅とオートバイ修理技術」で一躍有名になり、一時は、かつてもっとも多く読まれた哲学書としても話題になりました。非常に寡作でもあり、というかこれ以外にあと1冊しか書いていません。当然、サリンジャーとかと比較されることもあったようです。

その「禅とオートバイ修理技術」。主人公が息子や友人と共にバイクでアメリカ横断の旅をする過程を、自らの思索を交えながら綴った旅行記ともいえる本ですが、いろいろな面で特殊な本だと思います。

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ロードノベル?哲学書?不思議な味わいのある本。

思索的な内容を中心にし分類で言えば哲学書とされる本書ですが、具体的なバイクのメンテナンス描写なんかが差し挟まれ、ときどきの一緒に旅する息子とのやりとりなんかがあったりもして、そういった側面を見る限り中年のおじさんのロードノヴェルとしても読めるかと思います。しかし、突然現われるパイドロスという人格が哲学談義をはじめたりして、バイクをネタにしながらも物事の本質とか価値について主人公が思索を深めていく、哲学書でもあります。そうした両面から、一時期バイカーのバイブル的な扱いをうけて読まれ愛されていたようでもあります。

内容もさることながら、著者の経歴に興味をひかれる。

この本で特異なのは著者の経歴。著者は15歳で大学に入学するほどの天才と言っていい人間だったが、素行不良などで17歳で放校となる。その後いくつかの職業を経て再び学歴を得、その後教職につくものの、いろいろな問題を起こすことがあったらしい。やがて精神的な問題から入院し、脳に電極をあてて電流を流す電気刺激療法を受ける。

「禅とオートバイ修理技術」の主人公も、同じく精神的疾患から電気刺激療法を受け、それによって自分の一部を失う。小説では失われたかつての人格がパイドロスとして表現され、そこここに彼が現われ哲学的議論を深めることになる。そしてわたしがもっとも目を引かれたのは、物語の後半で主人公が自ら電気刺激療法のことを自覚し、パイドロス(と呼んでいる失われた自我の一部)を認識し、それを受入れる点。むしろ精神病理学的な観点から、この回復?の過程は極めて興味深いのではないか、と思った。

主人公の経歴はほとんど著者の実体験そのものであるらしいし、一緒に旅する息子(クリス)も実の息子と同じ名前で実際に一緒に旅をしていたようだし、この本自体を一種の自伝としてとらえてもいいのかな、とも思ってしまう。おそらく読んだ人のほとんどはそう思っていることだろう。

この本に書かれたことは本当のこと(事実)なんだろうか。

わたしとしては、電気刺激療法で失われた自らの一部を、自らの知性で再び獲得するというここに描かれた物語が本当に本当なのか、どうしても気になってしまう。本当にそうしたことがあったのか、それともこの部分は著者が本のラストに用意した、単に劇的効果を狙ったフィクションなのだろうか。

脳には実は可塑性があるという最近の常識からすれば、この本に描かれたような出来事が実際にあったとしてもおかしくはないのだけれども、いろいろ調べてもこの本のどこまでがフィクションなのか、よく分からない。

旅行記としてはほとんど事実だと思う。この本の半分は思索、哲学談義で占められている。思索の内容も著者が専攻した東洋哲学の英知を取り込んだもので、それ自体よく書かれていていま読んでも面白い。でも、個人的にはそれ以上に電気刺激療法とその前後の関係、著者個人の思考的統一性に興味が言ってしまう。この本を読む限り、自らの旅を通じてそれが達成されたというふうに読めたのだけど。本当にそうだったんだろうか。

なおこれはロードノヴェルとしてもよくできた本で、同じく壮大なロードノヴェルといってもいいスティーブン・キングの「スタンド」で、登場人物の一人がこの「禅とオートバイ修理技術」を読んでいるシーンがあるのも当然といえば当然だな、と思いました。