「兎は薄氷に駆ける」の感想。貴志祐介の久しぶりの長編。

久しぶりに貴志祐介の長編を読んだ。ジャンルとしてはミステリー。

スポンサーリンク

ホラー?いいえ、ミステリーです。

最初にひっかかるのが、本書を「現代のリアルホラー」とうたった帯の惹句。どう考えても犯罪ものだし、ホラー的な要素はない。最後の最後でややホラー感を感じることはあるかもしれないが、それをもって本書をホラーと定義するのはかなりミスリーディングだと思う。

著者のインタビューで冤罪事件そのものに対する疑問や恐れがあるのはわかったが、だからといってこの本がホラーかというと違うだろう。それなら冤罪を題材にした映画「それでもボクはやってない」もホラー映画ということになる。

まして、貴志祐介は純粋なホラーもミステリーもどちらも書くので、この帯をみると今回はホラーなのか、と勘違いしてしまう。帯に挙げられている代表作に「黒い家」「新世界より」「悪の教典」とホラー系が2つ並ぶのも、わざとだとしたら少し悪質に感じる。どういう事情があるのか知らないが、この帯はいただけない。

それから、この本だけじゃないかもしれないが、装丁がAdobe Stockだった。そのままなのか加工してあるのかはわからないが。著名な画家やイラストレーターやデザイナーに依頼する本も多い中でAdobe Stockが選ばれたということは、それだけかけられる経費が少ないということなのだろうか。

この本は毎日新聞に連載されていた物の書籍化で、出版社は毎日新聞出版。

青の炎、ガラスのハンマーの系譜に連なる作品。

大雑把にくくると、「青の炎」、「硝子のハンマー」に続く、青年による復讐劇を描いたシリーズとなる。シリーズ物ではないが、わたしにはそう見える。

今回は殺人事件の容疑者となった青年の裁判を描いた法廷ミステリーになるわけだが、描かれるのはふたつの冤罪事件になる。

一つは叔父の殺害容疑で勾留されている青年、日高英之の事件。果たして彼は警察の見立通りに犯行を犯したのか、それとも冤罪なのか、というのが一つの焦点になる。

もう一つ、実は日高の父親もまた殺人事件で逮捕され後に獄死しており、彼はそれが冤罪だと確信している。これが2つ目の冤罪事件。

そして日高を弁護するのは、かつて日高の父の事件を担当したのと同じ弁護士。

警察の違法すれすれの取り調べ、自白の強要などもありつつ、法廷を舞台にした検察vs弁護士の白熱バトルが楽しめる。

表向きの主人公は、弁護士に事件の周辺調査を依頼された垂水という中年男性。

かれはどちらかというと狂言回し的な役割を担う。会社をリストラされた無職だが、妙に探偵じみた調査能力を備えているのは、かれが会社員時代の業務として人事部でリストラ対象者の素行調査を担当していた、という点で説明されている。

この事件は冤罪であり日高は無実の罪で勾留されている、という弁護士や日高の恋人の方針に従って調査を進める垂水。かれの視点は基本的には中立で、やや日高より、というところからスタートするが、調査を進めるうちに日高や恋人や弁護士のさまざまな言動にだが、調査を進めるうちに疑問が生まれる。

冒頭の取り調べ場面で登場する松根という刑事は典型的な古いタイプで違法すれすれの暴力や恫喝を駆使して自白調書を取ろうとする。そいつとの対比で日高の印象が良く描かれているので、この事件は冤罪で、それを暴いていくお話なんだろうなと最初は思うだろう。

しかし、すぐに日高は何かを企んでおり、取り調べも日高の計画どおり、という事実が提示され、果たして事件は本当に冤罪なのか、真相はどうなっているのかという疑問で読者をひっぱることになる。

この辺の事実提示につかわれる視点の変更や、読者が疑問に感じる点を垂水の捜査で明かしていく流れなどはスムーズすぎるほどスムーズで、さすがという感じ。

まとめ

若干食い足りない部分はあるし、一部明かされない謎はあるものの、いつもどおりの読みやすさもあって一気読みできます。検察vs弁護士という法廷物としても楽しめるし、大変おもしろい本でした。ホラーという宣伝文句を擁護するのなら、最後、この人たちはどこまでやるつもりなんだろうという不気味さが感じられる点がホラーといえばホラーか。

多分、小説としてはで完結だろうから、その後は想像にお任せするということで続編は出ないのでしょうが、この事件が最終的にどういう結末を迎えるのか読んでみたい気もします。

タイトルとURLをコピーしました