映画「シャイニング」とそれに対するキングの評価について思ったこと。

スティーブン・キング絶賛。この賛辞があてにならないことは誰もがわかっているが、それでもキングというネームバリューのもたらす効果を求めてかいまだに「キング絶賛」の文字を見かけないことはない。

スティーブン・キングのツイッターとか見ると活字中毒に加えて映画やドラマも見まくっていて、いろんなものをほめている。その幅をみると結構ストライクゾーンが広いのかなと思う。

かと言ってなんでもかんでも褒めているわけではなく、批判もしている。最近もっとも批判しているのはトランプ大統領で、トランプが大統領になった際は、これからしばらくツイートをやめるって言ってた。それはともかく、インタビューなんかでは作品の批判もしていて、なかでも有名なのはキューブリックによる映画版「シャイニング」についての言及。「エンジンを積んでいないキャデラック」という表現をしていたと思うけど、これは的確に映画版の特徴を捉えていると思う。そしてこの言い方をみると、キングが求めていたものがどういう映画なのかがよくわかる気がする。

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映画版シャイニングに対するキングの評価。

キューブリックの「シャイニング」はヒットしたし、恐怖映画としてもすでに古典的な扱いを受ける定番作品として認知されている。キングとキューブリックの間で大きな対立があったような話をよく見かけるけど、キングは神を信じていてキューブリックは信じていない、という決定的な違いがあったようで、そこからおそらく信条的にも性格があわないだろうことは予想できる。でも映画に絶対的な反感を持っていたわけではないみたい。キングは映画版「シャイニング」を認めているし、生け垣の迷路というアイディアは気に入っている、という発言もある(当時の技術では動く生け垣は再現が難しいからという理由もある)。

製作中のキューブリックとの思想的対立もあったかもしれないけど、キングの批判の一番の理由は「エンジンを積んでいない」と感じられたことだと思う。つまり、全体を覆うパワーが足りない。

オーバールックホテルのセット、強烈な照明による環境作りは素晴らしいし、キャストも申し分ないし、衣装デザインもいいし、双子の亡霊の不気味さもいいし、エレベーターの扉が開いて大量の血が流れ込んでくる有名な場面もいい。しかし、どれもがよく計算されていて、ある意味抑制された演出になってしまっている。それによってスタイルのあるA級の映画になっているのは間違いないけど、キングの求めるものは違った。

キングが指摘していたのが、タイプライターの脇に積まれた原稿を奥さんが発見する場面。旦那の渾身の力作が書かれているのかと思いきや、原稿には「仕事ばかりで遊ばないとジャックは馬鹿になる」ということわざだけがびっしり書かれていて、奇しくもジャックという名前の旦那が発狂しているとわかる怖い場面。それは怖いんだけど、キングが指摘していたのはそのあと、ジャックが登場するシーン。そこで、妻に近づいていくジャックの後ろをカメラが追っているといってキングは憤慨する。そうじゃないだろうと。そこは奥さんを正面に映して、そして旦那にみつかるんじゃないかとハラハラしている奥さんの後ろにいきなりジャックをフレームインさせて観客をびっくりさせる場面だろ!ジョークの話し方を知らないやつからジョークを聞かされてるみたいだ…と。

キングの求めるビジョンと映画版の違い。

たしかに、普通のホラー映画ではそうやるし、それがショック演出の基礎だし、キングの指摘はもっともだと思う。でも、そういう演出がされた場面を想像してほしい。それって、いきなり「13日の金曜日」みたいになると思いませんか。そして、そのびっくり場面、シャイニングのそれまでの雰囲気から相当浮いてみえると思いませんか。

キューブリックがこの場面でわかりやすいショック演出を避けたのは、ジョークの話し方を知らないからじゃなくてもっと高級な小噺をしたかったからでしょう。そのために、それまでのシーンでも手軽に観客をギョッとさせる効果音とかズームとかを使わず、雰囲気を高めるべく細かいシーンを積み上げているんだと思う。

キングもキューブリック版の良さに気づかなかったわけではないし、頭ごなしに否定しているわけではない。しかし元来がB級C級問わずホラー映画好きなキングは、たぶんキューブリックよりもホラーに詳しいせいでせっかくのショックシーンを素通りするキューブリックの態度を見過ごすことができなかった。それにたぶん、もともとがキューブリックの抑えた演出みたいなのよりもっとドギツい「死霊のはらわた」的なものを好んだのかも。

原作にあって映画にないもの。

映画は映画で面白いし、よくできている。しかしキングの求めるものとキューブリックが作ろうとしたものが違っていたのだとしても、キングは好みの問題とは別に、どこかでキューブリック版に根本的に足りないものを鋭い洞察力で見抜いていた。エンジンを積んでいないキャデラックのようだ、という言葉はキューブリックの映画に欠けている点を見事に表現していると思う。エンジンがない豪華車。外見はきれいで高級、でも動かない。根本的ななにかが欠けている。

映画ではいくつもの名場面がある。エレベーターから溢れ出る血の海、ジャックがドアで斧を叩き割る有名なシーン、後半畳み掛けるように現出する幽霊。どれもパワフルといえる場面ではあるものの、どういうわけか全体につきはなしたような計算ずくの冷たさがある。時計じかけのように正確で、何もかもが計算通り収まるところに収まっている。しかし美しいのは確かかもしれないが、溢れ出る計算外のパワーがない。そして、キングの原作にあるのはまさにそういう筆からほとばしるようなエネルギーで、キングとしてはまだまだ初期のおとなしい作品ではあるものの、力づくで怖さを感じさせてくれるような何かがある。それが、映画にはない。

原作と比べたときの熱量の不足を、キングの言葉は端的に表しているように思える。

違いがいちばんわかりやすいのはラスト付近。キューブリックの映画では、ダニーが狂える父ジャックを吹雪の迷路庭園に誘い込み、父を迷わせて自分だけ脱出する。迷路を利用したダニーの利口な逃げ方にはなかなか感心するし、迷路は中盤でダニー自身も迷った場所でそれが伏線にもなっていて、ラストで再利用するのは構成としてもうまい。しかし、原作ではボイラーなのである。

ホテル全体を暖めるためのボイラー。それがジャックがおかしくなって家族にかまけている間放ったらかしになっているのである。ジャックは家族を追いながらもホテルの管理人としてボイラーを調節することを忘れてはいけない。ホテルに取り憑かれているジャックは発狂しながらもボイラーの調節をなんとかしようと努力する。しかし逃げていく家族も負わなければならない。

このめちゃくちゃな状況はシャイニングのなかでも白熱する場面で、強力な熱を宿す爆発寸前のボイラーが一触即発の時限爆弾のようにスリルを演出する。

さらにハローランも乱入して状況はますます混然とする。この原作と比べると、吹雪の迷路庭園というシチュエーションは完全に真逆で、見た目もあいまっていかにも理屈で考えたような冷たさが感じられる。スマートにまとめたように見えるし、たしかに整ってはいるものの、原作の多くのエネルギーを取りこぼしてしまっている。

それから最後のオチも。映画ではジャックがホテルの一員として完全に取り込まれてしまったことを示唆する写真が映される。しかしキングによると、それはテレビのミステリーゾーンでもう何度か使われてるオチだと。そう言われると、ジャックの凍死した間抜けな姿も含めて、考え過ぎてインパクトが弱まっているように思えてくる。

キングが求めていたのはもうちょっとパンチがある映像で、おそらくキングの好みはもっとウェットなものだったのでは。それは後年キング自身の脚本でドラマ化された「シャイニング」を見ても思う。これはキューブリック版のような切れ味はないものの丁寧につくられた良作で、何よりも違うのは親子の愛情が全面に押し出されている点。その辺の要素は、映画版ではほとんど切り捨てられている。

結論。

キューブリックの「シャイニング」も原作とはかなり違った形で映像化されていると思う。しかし、原作にあったよい部分が失われている。なまじ映画の出来がいいだけに見過ごされがちだが、原作の肝の部分が消えている。原作と映像化作品は別物とは言え、原作の熱量が失われてしまっているようにみえることは確かだ。キングのこの映画に対する批判は的を射ているように思える。

そういう意味では、2017年に公開された映画版「IT イット」はキングの好みにぴったりで、高く評価されているのもうなずける。ビビらせ系の怖さはあるものの、実は物語の主軸になっているのは仲間の友情や兄弟の愛情で、ホラーなのに泣ける映画に仕上がっている。たとえばこれをキューブリックが撮っていたら、ジョージの失踪を目撃するためだけに不自然に登場する冒頭のおばさんとか、過剰で多すぎるペニーワイズのショック演出とか、ださいシーンはかなりカットされるに違いない。でも、隙あらば挿入されるペニーワイズの連発こそがITのホラー的側面を支えている。

要するにエンジンが必要だった。雪山のホテルを吹き飛ばす熱量と、そこまで至るに見合う情愛が。そう考えると、キューブリックはそれをシニカルに回避したようにも思える。ハローランの扱い方なんて、ショッキングなようでいて、ある意味ずるい。

はたしてどちらが自分の好みかは、結局は自分で確かめてみるしかない。とりあえず手っ取り早く映画版「シャイニング」を観て、そのあとで原作を読めばベストだけど面倒ならドラマ版「シャイング」を観るというてもある。わたしは映画は3回以上みてます。原作も堪能しました。ドラマは途中(前編の終わり頃に)寝そうになりましたが、最後は感動しました。