「因業探偵 新藤礼都の事件簿」の感想。

小林泰三の他の作品でも活躍する新藤礼都という女性が主人公の短編集。つねに冷静沈着かつ意地の悪い性格と、作者の彼女に対する愛着がひしひしと伝わってくる面白い短篇集です。

新藤礼都の事件簿というタイトルですが、主人公がバイト先で遭遇した事件には違いないんですが、トリック要素もありつつ、間抜けでコミカルな笑える話もあります。

この人の本の楽しみのひとつに、人の発言を混ぜっ返すような、言葉尻をとらえるような会話が続くうちに不思議な理屈が通ってしまう、そのおかしさがあるのですが、そういうのが存分に楽しめるのは2話目の「剪定」。

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「剪定」

この楽しさは一つのことにこだわり続けてくどくどこねくり回していくうちに生まれるもので、「剪定」では公園で中年男性が弁当を落としたことがきっかけで不毛な議論が始まります。

落とした弁当を片付ける片付けないをめぐる言い争いが公園管理者と地元の自治会長の因縁の対決に発展していくバカバカしさは見事としか言いようがありません。なお、最後は公園管理者と自治会長が火花をちらしてにらみ合うところで終わるのですが、彼らは脇役なので二人が闘志を燃やしているのをよそに物語は勝手に終わります。こういう力の抜けたオチは好きです。

「散歩代行」「家庭教師」「パチプロ」

「散歩代行」は一見すぐバレそうな叙述トリックが、語り手の特性によって無理矢理成立させられているという感じの印象。でも、ちゃんとわかるようにヒントは散りばめられているんですね。この短編の中では一番変態な作品です。事件が無理矢理起きているような気がしますが、それでいいんです。語り手である犬の変態ぶりが印象に残ります。

「家庭教師」は、誘拐もの。子供を誘拐された社長と、その子の友人の母親との会話が最高に面白い。特に社長と母親の立場が逆転してからの社長のすっとぼけたセリフ。誘拐そっちのけでエスカレートしていく二人のやりとりが笑えます。オチもいい。

「パチプロ」。語り手の自画自賛が気色悪い作品。…この話はさすがに無理があるんじゃないでしょうか。でも、自信満々の語り手とその勘違いぶりがなかなか。この話は笑える話ではなく、最後は精神崩壊によって幕を閉じます。可哀想。無理があるかどうかは、ぜひ読んで確かめて下さい。

「後妻」

最終話は「後妻」。これは文庫の描き下ろしだそうです。金持ちの老人の遺産目当てに、ひたすら暴飲暴食するように仕向けるという話。

「旦那様にあっさりしたものを食べさせてあげてください」っていうところで吹き出してしまったんだけど。疲れてるのかな。

この話では主人公新藤礼都のまた違った一面と魅力を垣間見ることができます。つねにそっけないわけではなく演技もできるという、まったくたちの悪い人です。この話の「騙し」はずるではないかという意見もあるようですが、べつにいいんです。これくらい不自然にしたほうが本格推理っぽくてかえっていいんです。

まとめ

あ、最初の話は「保育補助」という話です。これは軽いジャブみたいなもので、新藤礼都の性格なんかがよくわかるので第一話としてふさわしいお話です。

いずれも新藤礼都がバイト中に遭遇した出来事ばかりですが、こんなことことではいつまで立っても事務所の開業資金なんてたまらないのでは、と他人事ながら心配になってしまいます。

「クララ殺し」みたいな登場もいいですが、いつの日か立派な探偵事務所を開いて、さらなる活躍を見させていただきたいと願う次第です。

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