アメリカでオーウェルの「1984年」が売れているけれど、トランプ大統領とはあんまり関係ないと思う。

ジョージ・オーウェルの「1984年」がアメリカで馬鹿売れしているそうだ。こないだ久しぶりに本屋さんに行ったら、「動物農場」と「素晴らしい新世界」の文庫が平積みになってた。やっぱり強権的なトランプ政権の誕生にあわせて、ディストピアものを推していこうということなんでしょう。「1984年」は本当にかなり売れているみたい。

しかし、トランプ政権と「1984年」の世界とは、実際には全く異なる。トランプ反対を訴えるとき、「1984年」みたいなディストピア物を持ち出すのはまったく見当違いなんじゃないかと思う。

1984年は、全体主義が浸透しきった管理社会で、個人の活動の自由はなく、政府に反対したら即矯正されるという恐ろしい状況が舞台になっている。世界の覇権を巡り他の大国との戦争状態が長年続いているという状況で、その国は歴史そのものもすべて自分に都合のいいように塗り替えていて、もうなにが「正しい」歴史なのか誰にも分からない。これは国の示すあらゆるものに当てはまり、正しいのは国が示すものだけで、だれもそれに反対することはできない。たとえ明らかに矛盾していることでも、教え込まれるのではなく、それが正しいものだと自ら信じさせられる。

この小説の舞台に近いと思うのは、スターリンが粛正しまくっていたころの旧ソ連だろう。あとクメール・ルージュのカンボジア。それから、あさま山荘事件などのころの連合赤軍。ようするに、「正しい」理論が間違っているはずはなく、それがうまくいかないのは行う側に過ちがある、ということで、実行者に反省を求め、「総括」をする。もちろんその理論自体に疑問を差し挟むものはとんでもない大罪であり、方向修正などできるわけもなく、やがて組織そのものが崩壊するまで粛正の嵐が吹き荒れることになる。あるいは最悪なのは、「1984年」のようにそれが外部の要因を得て「うまく」機能して、永続的に続いていくことか。

で、トランプ政権がこういうふうになるかというと、まったくそんな感じはしないのだけれど。対トランプのように公然と皆が反対できる社会って、1984年の社会とは似てもにつかないものだろう。それからトランプ自身、ツイッターでの発言と言い、メディアとの対立と言い、どちらかというと裏で手を回す類の、CIAとかNSAと共謀してこっそり民衆を操作するタイプとは正反対のストレートな主張ばかりで、陰謀とは無縁の非常にわかりやすい人だと思う。生まれの良さがでているとも思える。

むしろトランプの問題は、なんだかんだいってかなりの指示を集めたことは確かだが、その支持層の期待を裏切らずに済むのか、という根本的なところにある。当選前から言っているのは単純なことばかりで、ようするにいまのアメリカの低賃金に喘いでいる白人労働者を救うということだと思う。既得権益を壊し、高所得者、大企業への課税を強化し、貧乏な白人に富を分配する。しかしこれはかなり難しいだろう。大きな抵抗もありそう。今やっているメキシコの壁とか移民受入れ中止とかはわかりやすくてインパクトがあるけれど、それで貧者にお金が回るわけではない。支持者の溜飲を下げさせてはいるけれど、実質的な問題(金欠)が解決されなければ、やがて怒りの矛先はトランプに向かうはず。まあ、金持ちへの課税強化ができたらそれだけでも偉い。

あと心配なのは、やはり移民受入れ中止。これに勢いを得てヨーロッパの極右団体がますます勢力を増す可能性がある。フランスもドイツも公式にはトランプを避難していたが、国民の中には、よくやった、もっとやれとか思っている人も大勢いるだろう。

それはともかく、「1984年」はテレスクリーンという双方向テレビみたいなものがあって政府に生活は監視されていて、日記を書くことも許されていなくて、主人公は偶然発見した自宅の政府の目を逃れられる死角で、禁止された日記を書く・・・という気が滅入る話で、サッカリンがおやつだったり、やがて主人公は国家反逆罪みたいなので捕まり、ネズミを使った恐ろしい拷問を受けたり、すごく面白い傑作。新語法(ニュースピーク)とか二重思考といったSFっぽい造語もあって、まだ読んだことのないひとにはおすすめです。

でも、読むのが面倒という人には、映画もあるのでそちらもおすすめです。「1984」という「年」が抜けたタイトルで、たしか1984年に公開されたんじゃなかったかな?シンセサイザーを使った音楽に妙に時代を感じますが、荒廃したイギリスの風景とか、景色も面白く、お話も結構原作に忠実で面白かった覚えがあります。そして主人公のおっさんを演じるのはジョン・ハート。この人は、「エイリアン」で胸をエイリアンに突き破られて死んだ可哀想な人で、そのつねに憂鬱そうな辛気くさい表情がよく映画にあっていました。

そう、ジョン・ハートが亡くなったのでこれを思い出したんだった。本屋さんで1984年とか動物農場とかを見かけて、アメリカで1984年が馬鹿売れと聞いた矢先だったので、驚いたなあ・・・。主役はあまりないと思うけれどちょこちょこいろんな映画で見かける俳優でした。

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